Marcello*Kukule




マルチェロ劇場



 聖堂騎士団宿舎・団長室。

 マルチェロは聖堂騎士団・マイエラ修道院の経費削減に頭を悩ませていた。

 「うーむ…卵は業者に搬入してもらうのが良いか、それとも鶏を購入し、自給自足か…

 聖堂騎士団員・修道士数と鶏の飼料代、

 はたまた業者からの仕入れ価格をガリガリと紙に計算してみる。

 そこへノック、入室の許可をすると一人の団員が一礼をして執務机の前に立った。

 「マルチェロさま」

 「なんだ?労使交渉はお断りだ

 「…いえ。実はオディロ院長が」

 以下云々。

 団員が話し終えると、マルチェロは額に青筋を立てていた。

 「…つまり、院長は修道院を挙げてバザーをしたい、そう仰ったのだな?」

 そのよく目立つ青筋に団員はおろおろと一歩後退。

 「そ…そのようです」

 「バザーなど…どうして高い金を出して買ったものを安く売らねばならんのだ!

 利益が出ないではないか!!

 「いや、どうしてと云われましても、それがバザーというもので…。

 高く売ってしまったら、その時点でバザーではないのでは」

 「…分っている。少し卵の計算をしていて気が立っていてな。

 飼料代をどうにか安く抑えれば…、いやこちらのことだ」

 すまない、とマルチェロは落ち着きを取り戻し、改めて団員を見上げた。

 「まあバザーは良い。このマイエラ修道院の株も上がる。目先には損失しかないが、く…。

 大きな目で見れば後々は寄付金集めの良い宣伝ともなろう」

 だが、とマルチェロは声を低くした。

 「何故そのバザーの取り仕切りを私がせねばならんのだ。

 ええい、修道士の無能共め、何でも私に押し付けるな!」

 「…食費まで団長殿が計算してますもんね…うう、おいたわしや」

 「泣くな。泣くなら来月からの食事内容を見て泣け

 「…そんなに切り詰めたんですか」

 団員は更に泣きたくなった。

 マルチェロも溜息を吐く。

「 これ以上本来の職務とかけ離れた仕事を増やされては、貴族たちから寄付金を集める策も練れん。

 そして更にこの修道院の経済事情は悪化していくのだ。まさにスパイラル

 と云うことで、とマルチェロは手を組み、その上に顎を乗せた。
 
 「バザー民営化を行いたいと思う」

 「み…民営化!?」

 「つまり私の手を煩わせるな。

 聖堂騎士団及びマイエラ修道院の公費負担は一切なし。

 この二点がマニフェストだ

 それはちょっと違う、と団員は思った。




 そんなバザー民営化は一人の騎士に託されることになった。

 マルチェロチルドレン・ククールである。

 「確かに俺はすっげぇ親マルチェロ派だけど、なんかおかしいって!

 バザー民営化にマニフェスト?マルチェロチルドレンって何だよ。

 俺はブラザーだろ

 と団長室に呼び出されたククールがぶつぶつ云うが、

 マルチェロはかまわずオディロ院長の意向とバザーのマニフェストを伝えた。

 「というわけだ。聖堂騎士団員ククール。バザーのことはお前に一任する」

 「…そりゃあ命令されればしますけどね。なんだって俺がこんな面倒くさいことを」

 「私がこんな面倒くさいことをしたくないからだ」

 「いっそ爽快な回答だな、オィ」

 「…それに堂騎士団で最も暇で、

 こういうことくらいなら役に立つかもしれなくもないかもしれないようなククールなら、

 まあ任せても良いかもしれないような気がしなくもなかったのだ

 「役に立つか立たないのかどっちなんだ」

 「それを今回見極めることにした。成功しなければ騎士団を出て行け、ククール」

 ふふふとマルチェロが笑うので、ククールはくちびるを尖らせた。

 「そんな全然騎士の業務?と関係ないところで何を見極めるつもりだよ、アンタ

 「兎も角」

 とマルチェロは席を立った。

 立ち上がればマルチェロの背は、ククールを越す。

 その威圧感に少しだけ縮こまったククールの頬をマルチェロは両手で挟んだ。

 「我が弟、ククールよ。バザーの件、頼んだぞ」

 「…っ」

 ククールの頬が僅かに赤らむ。

 が、すぐにククールはマルチェロの手を振り払った。

 「了解です、団長殿」

 まだ高潮したその頬で、ククールはマルチェロから身を離し、一礼。

 退出して行こうとするその背に、マルチェロは少し考えてから声をかけた。

 「ククール」

 「なんですか」

 「くれぐれもマニフェスト第二条を忘れないように」

 「…了解」

 そう呟いたククールと入れ替わりに入ってきたのはオディロ院長のバザー話を持ってきた団員。

 「どうかされたのですか?」

 ふぅむと考え事をしているようなマルチェロに問う。

 「いや…。

 通常ならばあのパターンだと自ら接吻けをねだってくるくせに、今日はそれがなかったと思ってな」

 「寧ろない方が普通だと思うんですが」

 「まあ良い。釘も刺しておいたし、私の期待を裏切ることはないだろう」

 我が弟ククール、それは魔法の言葉。

 マルチェロは席に戻り、悪徳貴族との交渉内容を模索しはじめた。




 それから数日後。

 「バザーの件なんですが、騎士たちに私物を出してもらいたいと思いまして。ご許可頂けますか?」

 ククールは書き物をしている騎士団長に問うた。

 だが返事はない。

 「あの」

 無視。

 「団長殿ー、団長殿ってば」
 
 無視・無視。
 
 「あのですね、ちょっと、ね、聴いてくださいって」

 それでも無視。

 「もしもし、団長殿。もしもしっ、もしもーし、もしもしもしー…

 もっしもっしチェロよ〜、チェロさんよ〜、

 世界の内で広いのは、
額の広いチェロじゃない〜、

 どうしてそんなにM字ハゲネタ多いの?(字余り)


 「私が訊きたいわ!」

 びりっと裂ける手元の書類。

 そのやはり目立つ額の青筋にククールは媚び笑みを浮かべて後ずさり。

 「聴こえてるんなら返事してくださいよ、団長殿」

 「煩い、黙れ。折角野菜の食料自給率の計算をしていたというのに、

 お前のせいで全てパアだ!お前の頭のようにパアだ!」

 マルチェロは深々と溜息をついて破れた羊皮紙を机の上に伏せた。

 「で、バザーの件で騎士に私物を提供してもらいたいとのことだったが、かまわん。

 修道院と騎士団の公費ではないからな

 「…ともかくそこが重要なんだね。でさ、団長殿からも何か提供して頂きたいなあと」

 と云うククールの視線は落ち着かない。

 常であれば柱の影や遠くから鬱陶しいほどマルチェロの姿を眺めているというのに、

 隙あらば抱きつこうとでもいうのか臨戦態勢をとっていたというのに、

 他人の報告書類まで勝手にマルチェロのもとへと持ってきたというのに、

 サヴェッラ宿泊所のベッドの中にまで出没したというのに、

 今日を含めこの間からのククールはマルチェロに対して余所余所しい態度を取り続けていた。

 ふぅむ、と逆にマルチェロがククールをじっくりと見上げる。

 「…なんですか」

 ククールは視線をあちらこちらにやりながら、声を少しだけ強めた。

 べつに、という意を込めてマルチェロは肩をすくめる。

 「話を先に進めるが、どのようなものが欲しいのだ?」

 「あ、ああ、えーとですね…」

 と云って、メモを取り出すククール。

 曰く、酒場のおばちゃんやバニーちゃん、常連客に市場調査したものらしい。

 「普通バザーに出品する品は古着とかアクセ、使っていない食器、

 文房具や本も意外と売れるらしいんですが、

 団長殿の場合はいつも使っている羽根ペンとかアクセとか、口をつけたティカップ、

 匂いつきのベッドシーツなんかも買うって云ってました、みんな

 「…みんなだと?」

 「あ、あと使用後のパンツが欲しいって、筋肉ムキムキの仮面被った人が」

 「明らかに変態だろう!

 お前はどんな人間に市場調査をしているのだ!!抽出サンプルを考えろ!

 「いやまあそれは置いておき、なんか団長のものはやたら人気が高いぽいですよ。

 聴いたところによると、似非微笑の騎士団長マルさまと巷じゃ呼ばれているらしく」

 「どこの巷だ、それは…」

 マルチェロはややげんなり。

 ククールはメモを懐にしまって、代わりに手を差し出した。

 「そんなわけでですね、なんかください」

 その手をマルチェロは見つめる。

 それから、自分の掌を重ねてみた。

 沈黙……………………………。

 更に沈黙…………………………………。

 かなり沈黙………………………………………後、

 「ええ!?兄貴自身を出品するのかよ!?

 兄貴との老後生活のため積み立ててた貯金崩してこなきゃ!

 「貯金積み立てをするくらいなら、酒場のツケを払え」

 マルチェロはあたふたとする弟を見上げて、にやり。

 「…なるほどな」

 ククールは慌ててマルチェロの手を振り払う。

 「何がなるほどな、なんだよ!勝手に触んないでください。セクハラ!セクハラ!

 「ほう。嬉しくないのか?」

 マルチェロは目を細める。

 ククールは「誰が!」と鼻を鳴らした。

 「団長殿に触れられても全然嬉しくありません。

 もっと触って欲しいな、とか。触るならもっと別のとこがいいな、とか。そんなこと思うはずねえだろ」

 「ふ。そうか。ああ、そうそう、ククール。

 バザーの件だが、突然云われても提供するものが都合良くあるわけではない。

 ククール。お前にこの団長室への入室を期限を設けて許そう。見張りにも云っておく。

 お前は好きなときにここへ来て、私の私物からバザー品を選ぶが良い」

 そう云うと、ククールの眸は大きく見開いた。

 「でも」

 と口答えを口の中でしていたが、やがて渋々といった様子で承諾し、退出して行った。

 入れ替わりにまた騎士団員が入ってくる。

 団員は首をかしげた。

 「…どうかされたのですか、マルチェロさま」

 その問いに「いや、なに」とマルチェロは答えた。

 「ククールの様子がおかしいと思っていたのだが」

 「おかしい…?」

 「ああ。 常であれば柱の影や遠くから鬱陶しいほど私を眺めていたというのに、

 隙あらば抱きつこうとでもいうのか臨戦態勢をとっていたというのに、

 他人の報告書類まで勝手に私のもとへと持ってきたというのに、

 サヴェッラ宿泊所のベッドの中にまで出没したというのに、

 …あのときはいっそ崖から突き落としてしまおうかと思ったが、

 ともかくここ最近そういうことがなくてな、おかしいと思っていたのだ

 「いや、それが普通ですから」

 おかしいと思っているほうがおかしい、と騎士は思ったが、言葉にはしなかった。

 マルチェロはくっくっくっと笑う。

 「ククールめ、くだらぬ企みで私の気を引こうというのか」

 「ああ、押してだめなら引いてみろっていう恋愛の駆け引きですね」

 「その通り。兄弟で何を考えているんだ、あいつは。アホか。

 だが先ほどの反応で確信した、あいつは私に気がある。

 ふん、あの程度のちゃちな演技でこの私がひっかかるとでも思ったか。さあて、どうしたものかな」

 マルチェロは口許を歪めて微笑した。




 ククールは騎士団長室で突っ立っていた。

 いつも机に向かっている兄の姿はない。

 「ほんとに勝手に私物なんて漁っちまって良いのかよ…」

 ククールは気後れしつつも、とりあえず良く目立つ本棚へと向かった。

 「本とかなら、勝手に見ても大丈夫だよな」

 1冊手に取り、表紙を確認。

 「えーと、なになに…

 ダジャレにかけた青春。絶対売れねえ。没。

 オディロ院長が書いた本。前衛的なタイトルだな。でも売れねえ。没。

 武器の友・春号。ブーメランて!明らかに兄貴使わねえじゃん!売ろう

 その後数冊本を抜き取っていると、はらりと一枚の紙が床へと落ちた。

 本の間にしおり代わりに挟まっていたものらしい。

 それをなにげなく拾って、ククールは絶句した。

 「裏帳簿メモ…!?ある意味高く売れそうだけど!

 しかも挟まっている本が『神の愛ついて』って、オィオィオィ

 ククールは改めて部屋をぐるりと見回した。

 「…もしかしてやばいもん溢れてるんじゃねえの、この部屋。壁から死体とか出てきたら、どうしよう

 「人聞きの悪いことを」

 その声は扉の方からした。

 振り返れば、外套を羽織ったマルチェロ。どうやら今日は外に用事があったらしい。

 「壁から死体なんぞ出るか。…壁からはな

 外套を脱ぎながらマルチェロがそんな不吉なことを云う。

 ククールは話題転換をすることにした。

 あまり深く聴きすぎると、壁ではないところに埋められてしまうかもしれない。

 「あの、バザーの提供品、勝手に探してます。

 そんでここら辺の本、何冊か持って行っちゃっていいですか」

 云うと、マルチェロはちらりとククールが取り出した本に目をやり、頷いた。

 「かまわん。オディロ院長関係の本も持って行け」

 「いや、絶対売れないと思うんですけど」

 しかし、マルチェロは「馬鹿者!」とククールの言い分を一蹴した。

 「そういう本にはオディロ院長のサインをもらって売るのだ。

 そうすれば有り難がって買う連中も出てくる。

 如何に商品に付加価値をつけるか、商売の基本も知らんのか、お前は」

 「だって俺、騎士だし。神学しか習ってねえもん。

 そいじゃまあオディロ院長のサイン貰おうっと。

 あ、あとさあ、本の間からこんなメモが出てきたんだけど…」

 ククールはおずおずと裏帳簿メモをマルチェロに差し出した。

 「隠してたのに、見つけちゃってすみません」

 マルチェロは差し出されたメモに視線を落とした。

 「別に隠していたわけではない。しおりとして使っていただけだ」

 「まんまかよ!つーか情報管理ずさん過ぎじゃね!?

 「私が不在のとき、この部屋に入れるのはお前しかおらぬ」

 マルチェロは不意に目を細め、手の甲でククールの頬に触れた。

 瞬間、びくりとククールの身体が震える。

 「お前は私に不都合なことは誰にも云わん、そうだな?」

 そうだけど、とククールは内心呟いた。

 マルチェロ手は分厚い皮の手袋に包まれていて、その温もりが伝わることはない。

 時に戯れのように指で目尻を擦られて、ククールの顔は思わずそちらへと傾く。

 「あにき…」

 するりとくちびるから、そんな言葉が漏れた、そのときだった。

 「…ああ、すまない」

 マルチェロの手が離れる。

 ククールはマルチェロを見上げた。

 「私に触れられたくなかったのだろう、ククール」

 云われてククールは、慌てて身体をマルチェロから離した。

 「そっ、そうだよ。勝手に触るなって。セクハラですよ、団長殿

 けれど視線はうろうろと落ち着かない。

 マルチェロはもう一度微笑し、椅子へと腰掛けた。

 「何か他に欲しいものはあるか?」

 「欲しいもの…」

 「バザーの品物のことだ」

 云われて、ククールはああと思い出したように頷いた。

 「じゃあいつも団長殿が使ってるティカップ、ください。

 あとは…そうだな、聖書も1冊、サイン書いてくださいね

 「わかった。ではまた明日取りに来たまえ」

 「明日?今じゃなくて?」

 問うと、マルチェロは大きく頷いた。

 「ああ、そうだ。明日もここへ来るのは嫌かね?」

 嫌だなんて云える筈もなかった。




 「おい、ククール。ククール!」

 騎士の一人に呼びかけられ、ククールは聖書から顔を上げた。

 「あ?」
 
 「お前な、バザーの品の整理手伝えって云うから手伝ってやってんのに、

 なんで真面目に聖書なんか読んでるんだよ

 ククールと数人の騎士がいる部屋は、いろいろな品が散乱していた。

 騎士や修道士、またドニの住人、そしてククールを贔屓してくれる貴族たちから提供されたバザーの品物。
 
 安値のものがあれば、高値のものもある。

 「しかしすごいな。これなんて某有名な画家の作品だろう?」

 「ああ、それね。バザーするって祈祷先で云ったら、くれたんだよ」

 ククールが答えると、また違う騎士が無造作に置かれている指輪類をまじまじと見つめる。

 「こっちにある宝石、本物か?」

 「たぶん。伯爵令嬢のコレクションだから」

 「この食器は?」

 「それはドニからの寄付。衣類もドニから」

 「…そんで一際特別待遇なそれは何なんだ?」

 騎士たちはククールの背後に置かれた宝箱に目をやった。

 ククールが持つ聖書もその宝箱に入っているものだ。

 「団長からの提供品」

 ククールが答えると、おおお!と騎士たちが一斉に声を上げた。

 「マルチェロさまの提供品だと!?」

 「俺、欲しいかも」

 「つーか今買う!ククール、売ってくれ!」

 「マルチェロさま、ハァハァ」

 「おいこら!寄るんじゃねえ!」

 寄って来る騎士たちを蹴飛ばしてククール。

 「兄貴のものに勝手に触るな。それに売り物に手付けるのはご法度だぜ」

 「…くそ、バザーのときに買ってやる」

 「そういやククールが真面目に聖書読むはずないよな。マルチェロさまの聖書だからにやついてたんだろ」

 「ふふん、なんと兄貴のサイン付きだぜー。最近さあ、兄貴やたらと俺のこと贔屓してくれんだよな」

 ククールはにやにやと笑った。美形台無し。

 「なんか毎日理由つけて俺のことを団長室に呼び出すしさ、

 いきなり撫でられたりとか、あ、頭とか頬とかだからな!勘違いするなよ!

 この間外に出かけるときも俺のこと護衛に指名してくれたし。

 それに何かと兄貴ってば、俺のこと見てる気がするんだよな。

 ほら、今朝のミサんときも俺のこと見つめてたって感じだろ?

 いやー作戦大成功だな!

 いつも兄貴のこと追いかけてる俺が冷たい態度取ったら、

 絶対兄貴は俺のこと気になると思ったんだよなー。

 もう一押しってところだな、きっともうすぐ兄貴ってば俺にコクるよ。

 うわーどうしよ!どうしたらいいと思う?もちろん即OKだよな!

 経験上、バザー当日くらいが、ぐっふっふっふっ

 そんなククールはいないものとして、騎士たちはせかせかとバザー品の整理を始めた。




 なんやかんやでバザー当日。

 前日に騎士たちの力を借り、設営・準備を念入りに行ったおかげか、

 ククールの人脈で貴族・平民関係なく宣伝が広く行き届いたおかげか、

 混乱もなく、バザーはたいへん好評で、人の入りも良かった。

 収益もなかなかのもの。

 オディロ院長のサイン本は高値で売れた。
 
 マルチェロはすごいとククールは妙な感心をしてしまった。

 そのマルチェロから呼び出しが掛かったのは、バザーも終わり、

 後片付けや金銭の処理も全て終わった深夜のことだった。

 ククールはうきうき心も足取りも頭も軽く団長室へと向かう。

 ここ最近マルチェロに呼び出されるたび、見つめられるたび、触れられるたび、

 何度もその手をククールなりに振り払ってきた。

 本当は嬉しかったし、抱きつきたかったし、ぞくぞくしたし、チュウしたかった。

 今夜漸くそんな努力が報われる、とククールは団長室の扉を開けた。

 正面の机にはマルチェロ。

 「ククール」
 
 と幾分か声音もやわらかい。

 ククールは胸に手を当て、一礼をした。

 「聖堂騎士団員ククール、御前に参上しました」

 「バザーのこと、ご苦労だった」

 「この度は大役を与えてくださり、ありがとうございました。

 …で、見極めてくれた?俺はここにいてもいいんですかね?」

 「残念ながら、お前を追い出すことはできぬな。今回は」

 マルチェロは椅子に背を預け、口の片端を吊り上げる。

 ククールも同じように笑った。
 
 「それはそれは。団長殿にはたいへん残念なお話ですねえ。でもさ」

 とククールはマルチェロに顔をぐっと近づける。鼻の頭が擦れ合うほどに。

 「本当に残念だと思ってる?」

 「…どういうことだ?」

 マルチェロは口許の笑みを深めた。

 ククールはマルチェロの顎を手に取り、くちびるを触れ合わせる。そうして囁いた。

 「団長殿、俺のこと好き?」

 「お前はどうなのだ?」

 マルチェロもまたくちびるを触れ合わせたまま、言葉を紡ぐ。

 「お前はここ最近私に触れられることを拒否してきた。

 目を合わせても、すぐに視線を逸らせてしまう。

 私がどのような気持ちだったか、お前にはわかるか?」

 すると、ククールは「わかるよ」と呟いた。

 ククールの銀糸がマルチェロの頬を擽る。

 「だってアンタはいつも俺に対してそうだったじゃないか。俺は寂しかったよ。アンタのこと、好きだから」

 ねえ兄貴、とマルチェロのくちびるに吐息を吹き込む。

 「俺のこと、好き?」

 一拍の呼吸。

 それから、

 「嫌いだ」

 ………………………。

 …………………。
 
 …………。

 「なんですと!?」

 ククールは思わず至近距離で叫んだ。

 それが煩かったのか、掌でぐぃと顔を押され、遠ざけられる。

 「なっ、なんでそうなるんだよ!?ここは好きだよ、ククール。だろ!?

 アンタ最近ずっと俺のこと見てたじゃん、贔屓してたじゃん、あのセクハラは何!?

 俺のこと好きになってくれたんじゃなかったのか!?」

 「ふ。はっはっはっ!バカめ。全て私の手の内よ」

 大慌てククールに、悪笑い高笑いマルチェロ。

 「私の気を引こうとしたらしいがな、ククール。まだまだ詰めが甘いわ。

 気を引こうと冷たい態度を取る者を追いかける振りをし、実は追いかけさせている。

 これぞ駆け引きの真髄

 「な…!じゃ、じゃあさっきの私の気持ちが分るかって…」

 「アホめバカめ、大まぬけめ、という気持ちだな」

 「俺、可哀想!」

 ククールは頭を抱えた。

 そんなククールに更なる追い討ちが掛けられる。

 「ククール。バザーのことで騎士たちから苦情が来ているぞ。

 私の提供した私物が売っていない、という苦情だが、どういうことだ?

 どうして騎士たちから苦情が来るのか…

 「あああ…それはですね…」

 「ところでククール。お前の部屋の棚から見覚えのあるものが出てきたのだが?

 マルチェロが机の上に取り出したのはサイン付き聖書や本、ティカップだった。

 「だ…だって!弟を平気で売る兄貴だけど、俺には兄貴を売るなんてできない!

 「問答無用。罰として明日からお前は鶏の飼育と畑仕事の係り

 「自前でやったほうが安いんだ」

 「長期的に見てな」

 「くそー、俺ピエロすぎる…」

 云ってククールはとぼとぼと団長室の扉へと向かった。

 その背にマルチェロの声が掛けられる。

 「十年間も抱いてきた思いはそう簡単に変わりはしない、そうだろう?ククール」

 「…アンタには好都合な話だねえ」

 ククールは諦め自嘲で振り返った。






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