生者の行進
カツ、カツ、カツ。
ああマルチェロの足音だとククールは口許を緩める。
バタバタバタ。
ああマルチェロの取り巻き連中の足音だとククールは少々気分を害す。
そんな粗野な足音で彼の音にノイズを入れないで欲しい。
もうすぐ廊下の曲がり角。90度左に折れれば彼の青が広がるのだ。
「どうぞ」
ククールは目の前の人のため、一歩横に退き、道を開けた。
右手を左胸に充て、一礼。
この敬礼は右利きの奴が考え出したのだろうなどと今更思いついた。
マルチェロの左右には一人ずつ騎士。
両名とも紙やら何やらを手にし、マルチェロに報告、或いは指示を仰いでいるようだった。
そのままククールの前をいつもの如く何もなかったかのように過ぎ去るかと思いきや、
マルチェロは珍しく立ち止まった。
もちろん騎士たちの足音も止む。
「お出掛けかね、聖堂騎士団員ククール」
機嫌が良いのか、口許を歪ませるようにして吊り上げる。
この人のことだから、きっと寄付金が昨年より増額したとか、
最近巡礼の道のりに出没するようになった魔物やら盗賊の討伐に成功しただとか、
もしくはお偉いさんとのあれやこれやの悪巧みが上手くいっているとか、
そういうことで機嫌が良いのだろう。
まったく仮にも神に仕える騎士がこんなにも神さまを蔑ろにして良いのかね、なんて思う。
ククールは伏せていた顔を上げ、マルチェロを見上げた。
「ええ。この頃ご贔屓にして下さっている子爵さまのところへお祈りを捧げに」
するとマルチェロは少し考えた風を装って、それからああと答えた。
「常に聖堂騎士団員であることを自覚し、粗相のないように務めを果たせ」
なるほど。
常に寄付金増額を上手いこと強請るのを忘れず、その見返りはきっちりと。
マルチェロはそう云っているのだろう。
ククールは納得した後、少し思いついて訴えた。
「団長殿、そのことで少々お時間を頂けないでしょうか」
だが即座に拒否される。
「時間などない」
「そんなにお時間は取らせません。ただ少し、今日朗読予定の聖書解釈について、ね」
思慮深く策謀高い翠の双眸がククールを見下ろす。
ああきっとこの人は気付いているのだとククールは思わず笑いたくなった。
ククールがマルチェロを解るように、逆もまた然り。
兄弟だねえとククールは耐えきれなくなって忍び笑いを漏らした。
遠ざかるバタバタバタ。
前を行くカツ、カツ、カツ。
騎士二人を下がらせ、マルチェロは適当に人気のない廊下に入った。
「あの子爵は随分とお前に執心のようだな」
先程とは打って変わってぞんざいな物言い。
兄貴だ、と思った。
「実に低俗な金の使い方だ」
「まあもともと爵の位も金で買ったような方ですしね。
俺としちゃ、こうして役立たずから寄付金集め筆頭にしてもらえたんだから、
有り難いことですよ。文句を云う気にはなれません」
そう兄の背に云うが、マルチェロは振りかえらない。
「私はただ事実を云ったまでだ」
カツ。
軍靴が止む。
ククールも勿論立ち止まった。
マルチェロは何も云わない。
なのでククールが口を開いた。
「子爵サマ、すごいへたくそなんだよな。文句じゃないぜ?事実だ」
体ごと振り返るマルチェロ。
見詰めるククール。
「なあ、これじゃあ粗相のないようにお祈りなんて出来ないとは思いませんか、団長殿?」
ふたりの横手には女神像。
誰もいない静謐の廊下。
マルチェロとククール。
ノイズもなければ音もない。
ククールはそのようにして女神像の死角へと押し込まれた。
ぴちゃぴちゃ。
唾液の混合音。
ククールの片腕手首はやはりマルチェロの片腕手首によって頭上高く壁に締めつけられ、
もう片方の手はククールの場合、マルチェロの首に絡め、
マルチェロはククールの顔の角度を変えるためにその顎から頬へと添えていた。
啄ばむようなそれは要らない。
あったらいいけど、省略可。
いきなり舌先で掻き回し、啜ってくれてかまわない。
さあもっと奥へと踏み込んで。ククールは促すようにマルチェロの項を自らへと押した。
マルチェロは更に接吻け易いようにとククールの顔を上げさせる。
くちゅくちゅ。
「…ん…んんぅ…」
とろり。
「あ…」
濡れたせいか熟れたくちびるから零れる蜜をマルチェロの舌が追って行く。
顎で掬って取って返す、その動きにククールの体が震えた。
再びマルチェロのくちびるが、上唇下唇の合間に割って入る。
マルチェロの両唇がククールの下唇を甘く噛んでは離すから、
塞がれていない口からは荒い息が漏れるばかり。
「はあ…はぁ…ん…」
マルチェロの手がククールの頬を離れ、指が耳の後ろで円を描く。
かと思えば、そのまま首筋を下降。騎士服の上からククールの肌を撫でた。
「…すげえ…いい…」
ククールはマルチェロの接吻けを顔を背けて脱し、次はこことばかり首筋を晒した。
壁に押さえられていた指先がバラバラに蠢き、
頼りなくなってきた脚の左側は浮き上がってマルチェロの太股辺りに絡み付く。
そのまま脚を擦り付けるように上下させていると、
マルチェロの舌も同じようにククールの首筋を上下した。
「はん…たまんね…あ、ああ…っ」
頬に朱が差す。
じわりと肌が湿る。
危うく腰までもが揺れ始めそうになったククールを認め、マルチェロは行為を中止した。
突然の突き放しにククールは一瞬呆けたようだったが、すぐに解放された手首を引き寄せて撫でた。
「さて、聖堂騎士団員ククール」
マルチェロはくくっと喉の奥で笑った。
「聖書の文言、その解釈は充分に理解できたかね?」
「…ええ、それはもうこれだけ教えて頂ければ、お祈りくらいは」
これだけ煽られた後ならば、イクくらいなら簡単に。
マルチェロはそうかと頷いて、踵を返した。
カツ、カツ、カツ。
遠ざかる音。
青が去り行くその前に、
「…続きはないんですか?」
ククールは追わずに問うた。
遠かったが、廊下は静寂、邪魔するものは何もない。
カツ、カツ、カツ。
「続きは子爵殿にしてもらえば良い」
「じゃなくて、アンタとの続き」
カツ。
「私はそれほどケチではない」
マルチェロは振り向きこそしなかったが、足をその場には留めた。
「それ相応の働きには褒美をくれてやろう」
再び、カツ、カツ、カツ。
ククールは笑いたくなった。
しかしここで笑っては折角機嫌の良い兄がどうなることやら。
だからそっと口許にそれを留め、赤いケープを翻す。
「では、それ相応の働きをして参ります」
そうしてマルチェロとは反対方向に歩き出す。
カツ、カツ、カツ。コツ、コツ、コツ。
二重奏は生者の行進。
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