Marcello*Kukule




アジュールブルー



 マルチェロを訪ねて来た伯爵が、マルチェロを前にしてこう云った。

 「ああ、ほら、ええと。彼の名前は何と云ったかな?

 銀の髪の、あれは極上の女にも稀だろう、そのような銀糸の髪を持つ、真紅の騎士服を身に纏った、

 赤という色はともすれば調和を崩す色ではあるが、彼に赤は実に良く似合っていたな、

 そう、その騎士の名は」

 「ククール」

 マルチェロは答えて脚を組む。

 伯爵は続けた。

 「そう、ククール。君の秘蔵っ子のククールだ。

 先日彼を君から借り受けたが、彼はとても頭の良い子だね。

 物の捉え方が賢い。その言い方も賢ければ、黙る聡さも持ち合わせている。

 さすがは君の弟というところかな?

 君達のそういう点での聡明さには時折畏怖すら覚えてしまうよ。

 そして、ああ君、ご存知かな?彼が、マルチェロ、君の名を呼ぶことを」

 「ほう」

 マルチェロは愉快げに片眉を跳ねた。

 伯爵はやや陶酔気味に続ける。

 「その姿の可愛らしいことといったら、どうだろう。

 思い出すだけでもこの胸が、恥ずかしい話だが、初めて恋を覚えた日のように疼いてならない。

 もちろん彼は非常に賢いから、彼の意思がはっきりとある間は、美しくも煽情的に振舞う。

 女のくちびるのように、とろけるような眸で私の手をゆるりと引くのだよ。

 だがね、嗚呼!

 意識が次第に揺らぎ始めると、彼は消え入るような声で、

 マルチェロ、君の名を時にはぽつりと、時には何度も繰り返し、呼ぶのだよ。

 白い頬を紅潮させ、目元にうっすらと快楽とも苦痛ともつかない涙を零し、

 あの長く豊かな睫をふるりと震わせながら、ああ君の名を呼ぶのだよ。

 荒く乱れた苦しい息の間に間に、女神に仕える騎士として鍛え上げられて尚、

 いいや鍛え上げられたからこそ美し線を描く胸を激しく上下させて、

 君の名を、マルチェロ、兄である君の名を彼は呼ぶのだよ。

 憐憫の情さえ湧き上がる、だが故に嗜虐心を煽る、

 あの危うい均衡に支配された一時の彼の姿、なんと可愛らしいことか!」

 「おやおや」

 そこでマルチェロは視線を転じた。

 「伯爵の腕の中でも私の名を呼ぶとは、失礼だとは思わないのかね?」

 ククール、とマルチェロがその名を呼ぶと、ククールは薄闇からするりと姿を現す。

 そうして目元に微笑を浮かべ、騎士団に伝わる礼を優雅に行った。

 「たいへん失礼なことをしました」

 だがそのアジュールブルーはマルチェロのみに注がれる。

 マルチェロは再び伯爵に視線を返した。

 「存じておりますよ、伯爵」

 云って、深く笑む。




 「これのことで私が知らぬことなど、何ひとつとしてないのです」






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