Marcello*Kukule




ルナ



 その人は美しい銀の髪を天から与えられていた。

 真珠をあしらったような楚々とした輝きを持つ銀の髪。

 長く麗しいそれは今宵の晩餐のために結い上げれ、

 夜空に瞬く星を散りばめたような髪飾りがよりその銀を深める。

 マルチェロの前に佇む美しい髪を持つ人は、公爵家の娘だと名乗った。




 聖堂騎士団の騎士団長をはじめ、

 高名な司教、東の大陸の名家の主が会した晩餐会が終わりを告げたのは先程のこと。

 そのまま晩餐会はゆるりとサロンでの歓談へと流れた。

 ある者はワインを酌み交わし、ある者は庇護した画家の話に花を咲かせる。

 そのような中で、たおやかなその人は薄紅色のくちびるに微笑を浮かべた。

 「どうされましたの、騎士団長さま」

 静かな泉を思い起こさせる淡い青の眸に映る自らの姿に、マルチェロは微笑した。
 
 「いいえ、何でもありません」

 「あら、何かを考えているご様子でしたけれど」

 悪戯ぽく細められる眸。

 公爵家の令嬢らしく、その人はつんとした気品を持ってマルチェロの顔を見上げた。

 マルチェロは微笑に結んだくちびるを解く。

 「お伽話を思い出していました」

 「どのようなお話ですの?」

 顔を傾げる姿まで、美しかった。

 マルチェロは続ける。

 「ルナの話です」

 「ルナ」

 淡い青の眸が一度記憶を手繰り寄せるように伏せられた。

 だがマルチェロは彼女が言葉を紡ぐ前に、口を開く。

 「古い民間伝承に出てくる月の女神の名をルナと云うのですよ」

 「まあ」

 公爵令嬢はくちびるにそっと白いレース地の手袋をした手をあてた。

 「宜しいの?」

 問われて、マルチェロはゆっくりと瞬きをひとつ。

 どういう意かと尋ねる。

 令嬢はくすくすと愉快げに笑った。

 「だってマルチェロさまは神に仕える聖堂騎士団の団長閣下ですもの。

 民間伝承、お伽話とはいえ他の女神さまを心に留めていらっしゃるなんて、不謹慎ではなくて?」

 「確かに」

 マルチェロは目を細めた。

 見つめる先には美しい銀色の髪。

 「不謹慎ついでに申し上げましょうか」

 少しだけ声を潜める。

 令嬢の青い眸が遠い空の星のように煌く。

 「ルナという月の女神は、美しい銀の髪をしているのだそうです」

 ふたりは微笑した。

 やがて誰にもわからぬようそっと僅かに身を寄せたのは彼女の方だった。

 「騎士団長さま」

 甘い香りがマルチェロを包む。花の香りだとマルチェロは思った。

 「今宵一晩、わたくしをルナと呼んでは下さらないかしら」

 マルチェロのくちびるがルナの手の甲にやわらかく落ちる。




 夜半過ぎ。

 部屋を出ると、蝋燭の薄暗い明かりの中に彼は佇んでいた。

 揺れる炎にちらつく銀色の髪と赤い騎士服。

 扉が開く気配に彼はゆるりとその薄青い眸をもたげた。壁に背を預けたまま、組んでいた腕を解く。

 「朝までお供しなくていいんですか、騎士さまのくせに」

 マルチェロは鼻で笑った。

 「戯れのことだ」

 ククールは押し黙る。

 マルチェロはククールに寄った。

 「それで?お前は何をしていた。気に入った女を連れ込んでいたか?

 それとも何処ぞの貴族に脚を開いていたのか」

 まさか、とククールは伸びてきたマルチェロの手を払った。挑むかのようにくちびるを吊り上げる。

 「一番のお気に入りを誰かさんに盗られちゃったんでね。

 なーにもせずに、ここでずっと団長殿が騎士の務めを果たされるのを待ってましたー」

 「ほう、随分と利口になったものだ」

 マルチェロは再び手を伸ばした。

 ククールの頬を指先で撫で、そのまま耳の後ろの髪を梳く。

 「躾が行き届いているんで」

 ククールは何処かうっとりとした様子で眸を伏せた。

 だがその両腕はマルチェロの首を探して彷徨い、見つければきゅうと強く絡めて引き寄せてくる。

 「なあ」とは声には出しては云わなかったが、

 薄暗い闇の中でもマルチェロにはククールがそう云ったのが分かった。

 請われるがままにくちびるを重ねる。何度か角度を互いに変え合った。

 それから濡れた舌を深くまで絡めるために、マルチェロはククールの腰と背に腕を回し、引き寄せた。

 蝋燭の火が揺らめく。

 ふたりの姿が闇と暗い炎の世界を行き来する。

 時にマルチェロが闇に入り、時にククールがマルチェロの影に身を隠す。

 ククールは眸をもたげて微笑した。

 マルチェロによって濡らされたくちびるをぺろりと舐める。

 「アンタに月の女神の騎士なんて似合わねえよ」

 云って、左手を絡めたのは今夜は厚い皮の手袋をしていないマルチェロの右手。

 ククールはその掌に濡れた音を廊下に響かせ接吻けた。

 「アンタはルナさえも支配する王だ」

 そうだろう?と悪戯ぽく細められるククールの青い眸。

 マルチェロもまた双眸を細めた。

 ククールの銀色の美しい髪が乱暴に後ろへと引かれ、

 強引なほどの接吻けが降ってきたのは、それからすぐのこと。






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