ストレスマネジメントのすすめ
「お前達に頼みがあるのだ」
とカノンがデスマスク・シュラ・アフロディーテを前に頭を深々と下げたので、3人は顔を見合わせた。
なにせ彼は3人の青春13年間を台無しにした男の弟。
またろくでもないことに巻き込まれるのではないかと思っても不思議ではない。
「ことこの件に関しては、お前達の他に頼る人間がいないのだ」
「……」
再び3人が顔を見合わせる。
そして同時に嘆息した。
「まあ…話を聞くくらいならば、な」
シュラが代表して口を開くと、カノンは有り難いとばかりに顔を輝かせた。
「恩に切るぞ、デスマスク、シュラ、アフロディーテ!」
「いや、まだ頼み事自体を了承するとは一言も云って…」
デスマスクが反論するが、カノンは普通にスルー。
「実はな、所謂黒サガの誕生日を祝ってやりたいのだ」
「ほんとろくでもねー!!」
3人は絶叫した。
「で、だ」
アフロディーテは落ち着いたところでカノンに問うた。
「黒サガの誕生日を祝うというのはとりあえず置いておき、具体的に君は私達に何を期待しているのだ?」
「うむ。それなのだが、誕生日とはその人が生まれた日を祝うものだろう?
奴の誕生日は曖昧で、シオン教皇を殺害した日な気もするし、もっと前からいたような気もするのだが…。
まあともかく、祝う対象の本人がいなくては意味がない、そうだろう?」
「確かにそうだが」
うんうんと頷くシュラ。
が、
「ま、まさかカノン、お前…!」
デスマスクが顔を歪める。
彼の云いたいことを悟ってカノンは口の端をにやりと上げた。
「黒サガを復活させるのだ」
3人は息を飲んだ。
本当にこの双子は何処までも呪いのように自分たちを悪の道へと引き込んでくれる。
なんでこんな苦労しなきゃにせんのだ。おれたちの青春を返せ!
などなどそれぞれに思うところはあったが、
「あいつだってサガなのだ…。お前達も知っているだろう?
あいつは確かに女神を殺そうとした。地上の征服を目論んだ。
俺も同じことをしようとした。なのに俺はこうして許され生きている。
あいつが悪なのは、そうサガに作られたからだ。あいつが悪いわけじゃない。
なあ頼む、少しでも良い、あいつが生きていても良い空間を、
生きていても許される時間を、あいつを認める世界が欲しいのだ」
カノンがそうぽつりぽつりと呟くから仕方ない。
3人は再び秘密結社めいた活動を始めることになってしまった。
カノン曰く、
「とにかく黒サガ復活のためには、サガにストレスを掛けることが一番なのだ」
「ストレス、なあ」
デスマスクがうーんと唸る。
そんな3人をカノンは見回し、
「以前一度俺が家の掃除を数日に渡って怠った時、奴は姿を現した。
というわけで、俺は今から全力で部屋を汚す」
「…で、俺たちはどうすれば良いのだ?」
とシュラ。
それを待ってましたとばかりカノンはぴんと人差し指を立てた。
「うむ。俺はこの日のために現代に生きる者のストレスについて研究してみたのだが、
それによるとストレスは、物理的ストレス・化学的ストレス・生物学的ストレス・
そしてこれが最も黒サガ復活に役立ちそうな心理的ストレスがあるのだ」
得意げに云うカノンに少々アフロディーテは呆れて呟いた。
「君…その情熱をサガ以外に傾けてみてはどうかね?」
「煩い。ともかく、アフロディーテ、お前は化学的ストレス担当だ」
「化学的ストレス…いったいどのようにすれば良いのだね?」
「お前の武器はなんだ?薔薇だろう?匂いは度を過ぎるとたんに不快なだけだ。
デパート一階の化粧品売り場を思い出せ、あれはたまらん…」
「…ということは何か?薔薇の匂いを過度に振り撒けというのか」
「うむ。察しが良いな、アフロディーテは」
一瞬反論しようとしたアフロディーテだったが、よくよく考えてみれば人殺しにも使っている薔薇だ。
今更ストレス発生のために使おうがまあ良いかと諦めた。
続けてカノンは残りの2人を見やる。
「デスマスクとシュラは心理的ストレスを頼むな。
とにかくサガの嫌がりそうなことをしまくるのだ。ストレスを与えつづけてくれ」
「…お前、本当にサガを祝いたいのか…?」
シュラの尤もな問いにカノンはもちろんだと不思議そうに頷いた。
3人はともかくサガ嫌がらせ作戦を展開した。
サガが執務の日、3人揃ってさぼった。
デスマスクは教皇宮にある巨大な浴場栓を抜き、湯を全て流してみた。
シュラは執務室にあるアンティーク時計を二時間ほど遅らせてみた。
アフロディーテは教皇宮にもぎっしり薔薇を敷き詰め、入れないようにしてみた。
当然の如く、サガは怒りに怒った。
「お前達は何を考えているのだああああ!!」
ごもっとも。
かくて3人はサガの小宇宙により双児宮まで吹っ飛ばされてしまったのだった。
天井を破壊して落ちて来た3人にカノンは頭を抱えた。
「ぎゃーっ!なんてことをするのだ!
折角散らかした部屋を全力で片付けたというのに、また散らかってしまったではないか!」
「いやいや、カノンよ。これは散らかったとかいう問題ではない」
シュラが瓦礫の中から立ち上がると、
同じく瓦礫の下デスマスクとアフロディーテも姿を現した。
「つーか、カノン!お前は部屋を散らかすのではなかったのか?
片付けたらサガが喜んでしまうだろうが!」
「…う、実はだな。俺とて一生懸命散らかしたのだぞ?
だが帰って来たサガにえらく怒られてだな…片付けていたのだ…」
4人は沈黙した。
「…何故だ。サガは全くストレスを溜めていない気がする」
そう口にしたのはカノンだった。
それに答えてデスマスク。
「何故もくそも、常時ストレスを発散しているから、そりゃ溜めんわな」
続けてシュラも首を傾げた。
「カノンよ。13年前、サガはどのような状況で黒サガを生み出したのだ?」
加えてアフロディーテ。
「そうだ。サガがストレスを溜め込むのはどのような時か思い出すのだ」
「うーーーーーーむ」
カノンは顎に手をやり、必死に13年前の記憶を手繰り寄せた。
そして、ついに何事かを思い出したのか目を見開く。
「…そうだ…!サガが不満を口にできない状況が必要なのだ…!」
「不満を口に出来ない状況?」
「そう。俺は知っているのだ。サガはあの頃聖域への不満が多くてな。
だがほら、神に仕えし至高の存在・黄金聖闘士だろう?
そうそう文句を口にしては、聖域の体制や自分の立場を危うくすると考えて、
鬱々とストレスを内に秘めていたのだ」
4人は頷き合った。
「サガ…」
玄関を開けると、カノンが珍しくもしおらしい様子で待っていたのでサガは少々驚いた。
「どうしたのだ、カノン?掃除は終わったのか?」
「双児宮の瓦礫撤去以外は終わった。そのことでお前に謝らねばならんことがあるのだ…」
とカノンはサガの胸にわざとらしく飛び込む。
「ああ、許してくれるか、サガよ」
ちらりと上目遣いは忘れずに。
「許すも何も、まずはどうしたのか話を聞かせてくれぬか?」
サガは弟の髪と背中を撫でながら、口調をやわらげた。
しめたとばかりカノンはたっぷり時間を掛けてもじもじするフリをした後、
「お前に喜んでもらおうと思って、今日はご馳走を作ろうと思ったのだ」
「ふむふむ」
「お前はいつも仕事ばかりだろう?だから俺、心配で…」
「カノン…」
「でも張りきりすぎたせいで、鍋を焦がしてしまったのだ…。ああくそ、俺のバカ、アホ、間抜け!
サガのために…ああいや、言い訳は云わぬ、サガ、俺を叱ってくれ!」
「…カノン、そのようなことで私は怒らぬ」
なんてカノンは良い子なのだろう。サガはすいと目を細めてカノンの体を抱きしめた。
が、それも束の間。
「…本当か?今日の夕食全てパアだぞ?食べるもの何もないぞ?
おまけに危うく鍋が燃えるところでな、バケツで水をぶっかけたからキッチンが水浸しなのだ…」
カノンの言葉にサガの目からは、慈愛の眼差しが消える。
だがなんとかサガは同じ声の調子で口を開くことが出来た。
「…そうか…お前に怪我がなくて良かった」
「おまけに水が電子レンジなどにも掛かって、壊れてしまった」
「…なんだと?」
額に浮く青筋。
すかさずカノンは嘆いて見せた。
「ああすまん、サガ!俺がお前のためにと思ってやることはいつも裏目に出る…。
許してくれなど云わぬ。さあいいのだ、怒ってくれ、サガ」
カノンの鋭い言葉が胸に突き刺さる。
サガは夕食抜きと水浸しのキッチン、使い物にならない電子レンジを奥歯をかみ締め、諦めた。
「…いや、良い。わざとではないのだから。それにまた買えば済むことだ」
「…お前はやさしいな、サガ」
ぎゅうと抱きつくカノン。
そして耳元で囁いた。
「ついでに告白するが、サガが大切にしていた皿も割ってしまったのだ」
カノンを抱きしめ返したサガの手が一瞬強張ったのをカノンは見逃さなかった。
ストレスを与えることに成功したらしい、カノンは内心笑った。
翌朝。
サガが執務室へ行くと、この間3人揃ってさぼったデスマスク・シュラ・アフロディーテが、
もう既にテキパキと仕事をこなしていたので驚いた。
シュラがそうすることに驚きは感じないが、
いつも何かと云えばさぼっているデスマスクとアフロディーテまでもが、
すらすらとペンを書類に走らせている姿にサガは感動すら覚えた。
「お前達…いったいどうしたのだ…?」
「ああ、この間のお詫びとでも云うのだろうか、あの時はすまなかった」
アフロディーテはペンを置いて真摯に謝ってみせた。
デスマスクは調子良くそれに合わせて、シュラはぎこちなく、それでも頷いてみせた。
「…いや、良いのだ。過ぎたことにいつまでも拘る私ではない」
サガが微笑むと、アフロディーテも笑んで返した。
「そうだな。過去に拘っていては、あなたはこんな処で執務している場合ではないものな」
「う…」
サガは思わず胸を押さえた。
思わずデスマスクとシュラの顔も引き攣る。
「アフロディーテ…それはえげつないぞ」
とシュラが口パクで伝えるが、その横で何故か張りきり始めるデスマスク。
「さて、と。仕事の続きをバリバリ始めるかな」
とやたらと大きい声で宣言した彼の小宇宙が膨れ上がり、執務室一面は死面で覆い尽くされた。
「な、何をしているのだ、デスマスク!」
サガが抗議の声を上げるが、
「ああ、すまん。俺って頑張ると小宇宙が垂れ流しになってしまってな。
ついついこうして死面を呼び寄せてしまうのだ。気にするな!」
デスマスクは一向に取り合おうともしない。
「気にするなと云われても、気になるわ!」
「そうか…?…ああ、そうか。そういえばあっちの壁のあいつ。
あいつは確かサガの命令で俺が殺しちまった奴だよなあ。ええと、罪状は風呂覗き」
「うぐ…っ」
再び胸を押さえるサガ。
「大丈夫か、サガ?俺はただ仕事を張り切ってするつもりだっただけなのだが」
「くっ…わ…わかっている。かまわん、仕事を続けてくれ」
サガはこれ以上過去に触れたくないのか、自らの席に着席しペンを取り上げた。
極力壁や天井を見ないようにするためか、一心不乱に書類を書き上げているサガの前では、
「シュラ、お前も何かやれ!」
「そうだ、一発かますのだ!」
とデスマスクとアフロディーテがあまりの仕打ちに引き攣るシュラへと小声でエール。
「し…しかし…」
「お前、俺たちを裏切るのか!」
「そうだ!そういえばハーデスの軍門に下がった時、君は私たちを裏切ったな?」
「あ…あれは…」
そして、シュラは長い葛藤の末、サガが漸く書き終えた書類をエクスカリバーで引き裂いた。
「シュラ!なんてことをするのだ!」
なにげにカノンと同じ反応に3人は生温い気持ちになった。
慌ててシュラが弁解をする。
「す…すまん!シュレッダーにかける書類かと思ってだな」
「そんなわけあるか!今まさに私が書いていたところを見ていたではないか!」
そこへすかさず割り込むデスマスクとアフロディーテ。
「まあ待て、サガよ。シュラだってわざとではないのだ。わざとでは」
「そうだ。張り切ってサガの手伝いをしようとした結果なのだ。
それをそんな風に責めては、シュラが可哀想ではないか」
いや、可哀想なのはサガだ。
シュラは理不尽に2人から責められるサガに同情したが、何も云わなかった。
「…うう…シュラよ…今度からは気をつけてくれ」
サガは幾分疲れた様子でそれだけを云い、黙々と書類にペンを走らせ始めた。
「何故だ!何故黒サガは現れんのだ!?」
カノンは髪を掻き毟りながら叫んだ。
未だ黒サガが現れる気配はない。
「もっと過度なストレスを与える必要があると思う」
とアフロディーテ。
「過度なストレスというと、アイオロスとやはり教皇シオン直々におでまし頂かないとな」
デスマスクが云うと、シュラ以外はそれだと頷きあった。
「もうやめておかないか…?」
というシュラの呟きは何処かに流れて消えた。
「というわけなのだ、アイオロス」
カノンが両手を合わせて頭を下げると、アイオロスはにこにこと微笑んでまかせておけと頷いた。
「サガにストレスを与えれば良いのだな?
あいつは昔から私に対して何故か劣等感を抱いていたようだからな。
よし、私に良い考えがある。シオンさまのところへお願いしに行こう」
「ありがとう、アイオロス!頼りになるな、お前は!」
サガが物陰でふたりを見ていることを知っていたので、
カノンは迷わずアイオロスの胸に飛び込んで見せた。
細かなストレスも忘れないカノンであった。
「というわけで、黒サガ復活にお力を貸して頂けませんでしょうか」
シオンの玉座の前で片足を折り、アイオロスが頭を垂れると、
「何故私を殺した者の復活を私自らが手伝わねばならんのだ」
シオンは尤もな溜息を漏らした。
「…まあ良い。今の私はサガにやられるほど老いてはおらん。
カノンには負い目もある。力を貸してやろう。私は何をすれば良いのだ?」
その言葉にアイオロスは実に楽しげに案を述べた。
「サガ、御前に参上しました」
突然の教皇呼び出しに応じれば、そこには教皇シオンとアイオロスが既にいた。
「うむ。お前達に話があるのだ」
アイオロスの隣にサガが片膝をついた時を見計らい、シオンは口を開いた。
「実は聖域上下水道責任者の役からサガを外し、アイオロスを新たに任命しようと思っている」
「な…」
サガは思わず顔を上げた。
「何故ですか?このサガ、上下水道管理の務めは果たしてきたと自負しております」
「確かに、お前は心・技・体すべてアイオロスを上回っておる」
「いや、教皇。別に水道管理にそれらは関係ないのでは…」
サガが思わずつっこむが、教皇は無視して続けた。
「だがな、サガよ。私はお前の内に、
ちっこんな面倒な仕事を押しつけやがって下水なんぞカノンにさせれば良い、
という思いがあることを知っているのだ!」
「な…なんと!さすが教皇…私の本心を見破っていようとは…」
「というわけで、そのようなやる気のない者に責任者は務まらん。
やはりここはお前とは違い真に水道を管理できるだろうアイオロスが適役だと考えたのだ」
「…わかりました。そういうことならば仕方ありません」
サガは責任者の地位から追われることに一抹の悔しさは感じたが、
よくよく考えてみれば面倒な仕事はなくなったのだと喜んだ。
が、しかし。
「サガはこれまでアイオロスが行っていた聖域トイレ管理の責任を果たすように」
「トイレ管理…!?」
昔アイオロスと押し付けあった聖域トイレ管理。
明らかな降格にサガは奥歯をギリギリと噛み締めた。
「もう一歩、あともう一歩なのだ!」
それでも黒サガを出さないサガにカノンは同じく奥歯を噛み締めた。
デスマスク、シュラ、アフロディーテ、おまけにシオンは嘆息する。
「なんだかサガの要らん恨みを買っている気がする…」
「まあ私はめでたくトイレ管理人の役目をサガに押し付けられたので良かったがな!」
とこれは満面の笑みでアイオロス。
「うーむ、どうしたら黒サガを蘇らせることができるのだろう」
「ストレスだけではダメなのかもしれないな」
「いや…もうそろそろやめたほうが…」
「この際アテナのお力をお借りするという方法も」
「私がサガの前でカノンを押し倒すのはどうだろう?」
「それは頼むからサガの前ではないところでやってくれ、アイオロス」
「…押し倒されて良いのか、カノンは…」
「なるほど。そういうことだったのか」
瞬間。
その場にいた全員が居間の入り口を振り返った。
「サガ…!」
そう叫んだのはカノンであった。
「最近皆の様子が明らかにおかしいとは感じていたが、
まさか私の内のあいつを呼び出すためであったとは…バカなことを」
サガが、しかし全員の予想に反して苦笑した。
「そう云ってくれれば、いくらでも呼び出してやったものを。
あんな遠まわしのいじめとしか思えんことをされるくらいならば、な」
「自由に呼び出せるのか!?」
思わず叫ぶデスマスク。
もちろんだと頷くサガにカノン以外が脱力した。
「ではいったい今までの苦労はなんだったのだ…」
「で、あいつに何用だ?滅多なことでは人格交替はしてやれぬぞ?」
全員を見回したサガに、おずおずとカノンが手を上げた。
「…実は俺が皆に頼んだのだ。その…あいつの誕生日を祝ってやりたいと思って…」
「あーあ、俺たちのここ数日はいったい何だったのだ…」
デスマスクが十二宮の階段を上りつつ云うと、
「教皇宮いっぱいの薔薇代はあとでカノンに請求してやらなくては…」
アフロディーテは独りごちる。
「私としては生ゴミ対策責任係もサガに押し付けてやりたかったなあ」
とアイオロスが少し残念げに云えば、
「安心しろ、サガとカノンに押しつけてくれるわ」
シオンが不機嫌に云ってのける。
と、デスマスクが提案した。
「シオンさま、ここは一発ぱあっと騒ぎましょうや」
「シオンさまの驕りとは有り難い」
「しかしシオンさまは18でいらっしゃいますから、ジュースで我慢してくださいね」
「誰がお前達に奢るか!まったく、シュラも何とか云ってやれ、このバカ共に」
全員の視線が最後尾を黙って歩いていたシュラに向けられる。
シュラは口許に笑みを浮かべた。
「アテネの夜はこれからかと思いますよ、シオンさま」
「さて、カノン」
漆黒の髪をしたサガはカノンに両腕を優雅に差しだし、云った。
「こうしてお前の望む通り、出て来てやったぞ」
「サガ…」
飛びつき、その腕の中におさまるカノン。
「俺はずっとお前の誕生日を祝いたかったのだ」
生まれてきてくれてありがとう。ずっとそう云いたかった。
「お前は確かに悪いことをしたかもしれん。
けれど、あのときサガを救ってくれたのは、お前なのだ」
「カノン。私の苦労を解ってくれるのは、お前だけだ」
ぎゅうと抱きしめる。
それに応えるようにカノンはサガを見詰めた。
「なあサガ」
「うん…?」
「…ひとつ、お願いをきいて欲しいのだ」
「ふ。私の誕生日を祝ってくれる割には、お前の云うことを私がきくのか。
まあ良い、私を祝うために奔走してくれたお前のためだ」
サガが云うと、カノンは嬉しげに顔を輝かせた。
「じゃあ…」
「なんだ、遠慮せずに云ってみろ」
「デスマスクたちがぶっ壊した双児宮の瓦礫撤去作業手伝ってくれないか?
あれを直さないと、俺、来年の誕生日にこの世にいない気がするのだ。ハハハ!」
「なにがハハハだ!貴様、またこの私に掃除の手伝いをさせる気か!?」
かくて、所謂黒サガはカノンと共に瓦礫撤去作業に勤しみ、
その後も聖域トイレ管理業務の折にはやたらとその姿を見かけられるようになったという。
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