Gemini*Wyvern*Frog



みんなみんな生きているんだ、友達なんだ



 買い物帰り、アルデバランから受け取った回覧板を読みながら十二宮の階段を登っていたサガは、

 ある一文に危うく荷物を取り落としかけた。

 「こ…これは…!まずい…!」

 光速でゴキカノの待つ家へと走り込むサガ。そして荷物をその辺に置き、ゴキカノの姿を探す。

 ゴキカノ!ゴキカノ…!何処だ、ゴキカノ…!」

 居間、キッチン、寝室、庭、トイレ、そして最後にバスルームの扉を勢い良く開けた。

 「な…なんだ!?」

 そこにゴキカノはいた。

 驚いたように目を見開き、触角を揺らす。

 ああその触角だけは気持ち悪いと思いながらもサガはバスルームを見回した。

 「ゴキカノ…!何をしているのだ、何を!?」

 「な…何って。お前が風呂掃除をしておけというから…掃除をしていたのだが…

 ゴキカノの両手にはスポンジと洗剤。おまけに体には泡が付着していた。

 サガは頭を抱える。

 ああああ、自殺か!?お前は世を儚んで自殺するつもりか!?」

 そのサガにゴキカノは頭を抱えたくなった。

 「お前、俺の話を聞いているか?俺は掃除をしていたのだ。自殺と全然違うぞ!」

 「何を云う!体に洗剤の泡など付けて…!死んでしまうではないか!」

 「これくらいで死ぬ俺ではないわ!

 お前が汚いのが嫌だろうから毎日風呂で体も洗っているこの俺が!

 というか、いきなりなんだと云うのだ。

 死の危険を感じるなら、最初から俺に掃除なんかさせるな!

 「は…!そうだったな…。私としたことが、つい動転してしまって。

 そうだそうだ。ゴキカノはソープランドごっこもできるしな、良かった良かった

 「いや、ソープランドごっこはあんま良くないと思うが。ともかくいったいどうしたのだ?」

 カノンは再びごしごしとバスタブを磨き始めながら問うた。

 「うむ…実はな、たいへんなのだ、ゴキカノ。これを見てくれ」

 とサガは手にしていた回覧板をゴキカノに差し出した。



 



 「なんじゃこりゃあああああああ!?」

 ゴキカノは戦慄した。

 「…ゴキブリ駆除強調月間だ…」

 サガも沈痛な面持ちで云う。

 ゴキカノは回覧板を前脚2本で握りしめたまま、サガに中段両脚で取り縋った。

 こういう時に6本脚は便利だ。

 「やばい!これはマジでやばいぞ!どうしよう、サガ!」

 「ああ、解っている。だが…く…っ、私には止められん…!」

 「そ…そうだよな…。ゴキブリ駆除に反対する奴なんて、普通頭おかしいよな…!

 最早隠れキリシタンの勢いのサガ。

 「…故に先ほどお前はこの世を儚んで自殺しようとしたのかと…」

 「…サガ」

 カノンは苦悩の皺を刻むサガをしばし見詰めて、そっと回覧板をサガの手に返した。

 そして笑む。

 「サガ。いいのだ。お前が気にすることではない。所詮ゴキブリは嫌われ者だ。

 そんなことは最初から解っていたことだ。嫌われることには慣れている」

 「ゴキカノ…?お…お前まさか…」

 「そんな中でお前だけが俺を嫌わずにいてくれた。

 俺は数あるゴキブリの中でもきっと一番の幸せなゴキブリだ。ありがとう、サガ。

 俺がこれ以上ここに留まれば俺も確実に死ぬし、

 お前もゴキブリと同居しているちょっとアレな人間としてへんな目で見られるに違いない。

 俺は…出て行く…って…ぐはっ

 サガの繰り出した拳にバスタブへ突っ込むゴキカノ。

 「な…なんてことするのだ!?」

 「お前こそなんということを云うのだ!お前と別れることなどできるものか…!」

 「しかし…ではどうしろと…!?」

 「う…ここは…ゴキブリ駆除剤にも耐え抜くよう鍛えてみるとか…?

 とサガは思いついたように近くに置いてあった洗剤をバスタブに注入しはじめた。

 「げえ!?んな大量に入れたら、いくら俺でも…!」

 「耐えろ!耐えるのだ、ゴキカノ!」
 
 「って、こらまて!塩素系漂白剤と酸性洗剤は混ぜると危険…!

 ゴキカノの叫びは有毒ガスに掻き消された。




 「そういうわけで、しばらく泊めて欲しいのだが」

 と旅行バッグを片手に冥界ジュデッカにやって来たゴキカノにゴキラダは無い眉根を寄せに寄せた。

 「ちょっと待て。

 何故塩素系漂白剤と酸性洗剤を混合したら俺のところに泊まる仕組みになるのだ?

 「だから、そんなたぶんいつか死ぬような鍛え方をするよりは、

 何処か安全な所に駆除月間が終わるまで避難しておいた方がいいという結論に達したのだ」

 「死ぬような鍛え方をする前に気付かないものなのか…」

 ゴキラダはゴキカノの肩で深々と溜息を吐いた。

 そのゴキラダにゴキカノは頭を下げる。

 「急で申し訳ないと思っているが、…ダメか?」

 「いや。そういうわけではないが…」

 ゴキラダは少し困った様な顔をした。

 ゴキカノは続ける。

 「…なあ、ゴキラダ。俺はもうサガの元へは戻らぬつもりなのだ」

 「え。また?前も云ってたような気がするが?

 「う…まただよ。だが…やはりサガを思えば戻れぬ。だって俺はゴキブリだから。

 ずっと置いてくれとは云わぬ。少しの間だけでいい、休ませて欲しいのだ」

 「ゴキカノ…」

 ゴキカノが目を伏せると、ゴキラダはうーんと唸った。

 「実は…俺はこれから数日間エリシオンに出張なのだ」

 「エリシオンに…?」

 「ああ。ハーデスさまが是非ゴキブリをこの目で見てみたいと仰られてな…

 「確かにエリシオンにはゴキブリはいなさそうだ。ていうか物好きだな。

 じゃあやはり泊まるのは無理か…」

 ゴキカノが困ったなあと呟くと、ゴキラダはばたばたとゴキカノの肩から飛んだ。

 「待て、ゴキカノ!パンドラさまに掛け合ってみよう!仲間を見捨てるなど俺にはできん!」

 「ゴキラダ…!」

 「では少し待っていてくれ!」

 そのまま飛び去るゴキラダの背に、

 「つーか絶対走った方が早いって」

 ゴキカノは感謝の気持ちを込めて呟くのだった。




 通されたのは、ゴキラダが居候する宮殿の一室だった。

 エリシオン出張のゴキラダに代わってパンドラの相手をするということで話はまとまった。

 「ヒヒヒ、こちらでございます」

 そう云って扉を開く案内者ゼーロス。

 そして荷物をこちらにとばかり手を出した。

 が、カノンは首を振る。

 「いや、気にしないでくれ。軽いから」

 「軽い?しかし長期間お泊まりになるとゴキラダさまが」

 「と云っても、身の回りの物くらいしか入ってない。衣類はないからな」

 カノンはほらと旅行バックを軽々と上下させた。

 だが、

 「衣類がない!?」

 ゼーロスはわざとらしく驚いた。

 それに面食らってカノン。

 「あ…ああ」

 戸惑いがちに頷く。

 「ということは、アナタはなのですか?」

 「え」
 
 「だって衣類がないということは、

 裸で歩き、裸で走り、裸でわたくしの前に立っているということでしょう?

 「う…まあそうだが…」

 するとゼーロスが口許を手で押さえ笑い出す。

 「裸…!裸…!裸(ら)!」

 「ううう…なんかそう云われると急に恥ずかしくなって来たな…」

 もじもじと胸の前で四本の手をもじもじさせるゴキカノ。

 ゼーロスは手で顔を覆った。

 「ああ、失礼しました!ではこうして見ないようにしますね」

 だがしかし、彼の眼が指の間から見え隠れしていること、

 そしてその口許から「イヒヒヒヒヒヒ」と声が漏れていることにゴキカノは口許を引き攣らせた。




 出鼻を挫かれた思いだったが、ゴキカノの冥界ライフはそれなりに順調だった。

 朝、パンドラの元へ行く。

 無理難題を押しつけられて、お仕置き電気ビリビリ。

 昼、パンドラの元へ行く。

 触角と髪型がマッチしていないと危うく前衛的にカットされそうになる。

 夜、鞭でピシピシ。

 ゴキラダもたいへんだなと思いながら部屋へ戻ると、

 「おやおや、また今日も傷が」

 ゼーロスがぴょんぴょんと寄って来た。どうやらゴキカノの世話が係りらしい。

 「大丈夫でございますか?」

 ゼーロスの問いにああとカノンはひとつ頷いて、背中の傷の具合を確かめようとする。

 が。

 「う…っ、くそ。届かない…!ええい、構造上に問題があるのではないか、この体!?

 四苦八苦するゴキカノ。

 するとゼーロスがゴキカノの背につけられた鞭のあとをぺっちょんぺっちょんと触った。

 「のわっ!?なっ、何をするのだ、お前は!」

 思わずのけぞるゴキカノ。

 「何、とは。私が代わりに傷の具合を確かめて差し上げようかと、ヒッヒッヒッ」

 「う…そうか…?」

 「はい、もちろん。他意はこれっぽっちもありません。いや本当に」

 つつうとゼーロス指が傷に這わされる。

 「イヒヒ、酷い傷でございますよ」

 「酷い傷なのにどうしてお前は愉しげなんだ?

 しかしまあサガのお仕置きに比べれば、彼女の鞭裁きは甘いな」

 ゴキカノはゴキラダ愛用だという軟膏の瓶をゼーロスに放り投げて、ぬってくれと頼んだ。

 エリシオンへゴキラダが出張の際、そっと手渡してくれたものだった。

 「サガ…?」

 「ああ。なんと云ったら良いかな」

 ゼーロスが軟膏を塗りやすいように椅子に腰掛けながら、その顔を思い出す。

 生ゴミについつい手を出してしまったゴキカノに詰め寄ってくる殺虫剤より怖いサガ、

 ソープランドごっこをしすぎて危うく死にそうになったゴキカノに、

 「私はまだなんだぞ!ひとりでいくな!」とガクガク揺さぶってくるサガ、

 あのときは本当に逝きかけたとカノンは懐かしげに目を閉じた。

 ゼーロスが瓶の蓋を開ける音がする。

 ゴキカノは少しだけ伏せていた眸を上げ、呟いた。

 「俺の大切な人なんだ…って!!」

 ぴちゃぴちゃ。

 かばりと振りかえったゴキカノの背にはべろんと舌を出したゼーロスが。

 誰がそんな塗り方しろと云った!?ぬおおお、離せ!バカ!やめ…っ、あ…!」

 ゴキカノの夜は更けていく。




 一方地上では十二宮の住人が集まり、ゴキブリ駆除強化月間について話し合われていた。

 「やはり水回りをきちんとすることが大切です」

 「っていうか繁殖してしまったものは退治するしかないだろ」

 「無益な殺生はやめたまえ」

 「しかしゴキブリは不衛生で、何か菌を運んでくると云うぞ?」

 「…む…それでは仕方ないな。せめて悔いなく涅槃に旅立つが良い

 「だからその旅立たせ方を考えているのだが…」

 「団子はどうだ?前にサガが仕掛けていたではないか?」

 とミロがなあサガと振り向くと、それまで黙っていたサガがぴくりと肩を震わした。

 「そういえばサガは大きなゴキブリ取りも仕掛けていたと聞いたが」

 カミュも顎に手をやり、サガを向く。

 住人の視線がサガへと集まる。

 「私は…」

 サガはゴキカノを思い出した。

 生ゴミをついつい漁っているゴキカノ、ソープランドごっこで昇天しかけたゴキカノ。

 でもあいつはゴキブリだぞと何処からか声がする。

 みんなが嫌っているゴキブリだ。

 みんな駆除しようとしているじゃないか。

 ここでアイツを庇って、へんな目で見られるのはサガお前だぞと誰かが云う。

 浮かんでくるのは云うことを聞かないゴキカノ、すぐに拗ねるゴキカノ、我侭なゴキカノ。

 「私は…」

 けれど、ゴキカノは云ったじゃないか。

 廊下を走ったり、壁に張り付いたり、いきなり飛んでしまうかもしれないと。

 ナイフとフォークの使い方は下手だし、洗剤は苦手だし、部屋も散らかすと。

 生ゴミを漁ってしまうと。

 「俺はゴキブリだ」と云っていたじゃないか。何度も、何度も。

 それでも「お前を迎えに来たのだ」と云ったのは誰だ?

 お前って誰だ?

 「私は」

 あいつは確かに嫌われ者のゴキブリだ。

 けれど、だけど。

 サガは立ち上がった。




 その日もゴキカノがパンドラの相手を終え部屋に帰ると、ゼーロスが電話の受話器を持って来た。

 懐かしの黒電話だった。

 「ゴキラダさまからお電話です」

 「ゴキラダから?」

 ゴキカノは不思議に思いながらも受話器を受け取り、耳にあてた。

 「もしもし?」

 『おお、ゴキカノか?元気でやっているか?』

 「ああ、おかげさまで」

 ゴキカノが答えると、少しの沈黙の後ゴキラダは少しもにょもにょと口篭もり、

 『その、パンドラさまは…お元気にされているか?』

 ゴキカノは思わず笑んだ。

 「ああ。今日は彼女に花冠を作ってやったら喜んでいたぞ。冥界だから彼岸花でだが

 『な、なに!?』

 「うむ、最初はお仕置きぽいことをされていたのだが、年頃の女がそれではいかんと思って

 『俺は一度もそんな愉しげなこと…あ、いや、もちろんいつも愉しいのだが

 「ほー、ゴキラダはお仕置きが愉しいのか」

 『うう…お前、なんか嫌な奴になったな

 ゴキラダの声が少し低くなり、ゴキカノはすまんすまんと謝った。

 「前の同居人の影響でな。で、どうしたんだ?エリシオン出張頑張っているのか?」

 『あ、ああ。それでお前に電話したのだった。

 お前のことをハーデスさまに話したら、大層胸を痛められたご様子でな』

 「電話…。ん…?そういやお前のサイズでどうやって電話なんか出来るのだ?

 受話器を持てるサイズのゴキブリじゃないだろう」

 その前に冥界とエリシオンに何故電話線が引かれているのか謎であったが、

 繋がっているんだからその辺はいいやとゴキカノは片付けていた。

 『あ。それはだな、ハーデスさまが受話器を持ってくださっているのだ

 「…神をも怖れぬ奴という称号はお前にくれてやる。

 それでそのお優しいハーデスさまが俺に何か用なのか?」

 『うむ。もしもお前が望むなら、エリシオンに住んでも良いとのことだが』

 ぴくり、とゴキカノの触角が動いた。

 『いや、もしもの話だ。お前が…その…本当にサガの元へと戻らぬならば、だ』

 ゴキラダの声音もしだいに途切れて行く。

 ゴキカノはありがとうと云って、とりあえず電話を切った。

 傍に控えていたゼーロスに受話器を渡す。

 そうして、ふと問うた。

 「エリシオンは良いところか?」

 「ハーデスさまは誰を差別することもなく、受け入れて下さいますよ」

 「そうか…」

 ゴキカノはゼーロスに背を向ける。

 ゼーロスは電話機を元の場所に戻し、ぺたんぺたんと部屋の中を跳ねた。

 そうして寄ったのはゴキカノの旅行バック。

 「こんなこと云っちゃ何ですけどね、ゴキブリの何処が悪いので?」
 
 ゴキカノが振りかえると、そこにはゴキカノの荷物を手当たり次第に鞄へ詰めるゼーロスがいた。

 「おっ、おい、何をしているのだ!?」

 そのゴキカノの制止の声もゼーロスは聞かなかった。

 「このゼーロス、蛙っぽい人間か、人間ぽい蛙か、かなり微妙なところだが

 「自分でも微妙って思っているんだな」

 「うるさい。ともかく!だからといってそれを理由にゴキラダさまを諦めたことはないのだ!

 「…………………え?」

 硬直カノン。

 てきぱきと荷物を詰めゼーロス。

 「蛙がゴキブリを好きになっちゃいけないのか?」

 「……」

 「ゴキラダさまがパンドラさまにしばかれる度にうっとりしちゃ…イヒヒヒ、いけないと?

 「いや、それはいけないだろ」

 「ゴキブリが人間を好きになっちゃいけないなんて、一緒にいたらおかしいなんて、

 そんなこと云う奴の方がおかしいとこのゼーロス、ゴキラダさまのためにも胸を張って云います!」

 嗚呼、と思った。

 ゴキラダはパンドラが好きなんだ。

 どんなに邪険にされても真摯に彼女を思う彼を誰も笑うことなんて、おかしいなんて云う権利はない。

 笑う奴の方がおかしい。

 ゴキカノの前に少量の荷物が詰められた鞄がぐいと差し出される。

 「…蛙がゴキブリを好きになっても、おかしくない」

 ゴキカノは鞄を受け取った。
 
 ゼーロスがニヘヘと笑った。

 「お前、すごく格好良いな!」
 
 ゴキカノは扉へと走り出す。

 ゼーロスは何も云わずに、手を振った。

 「俺がゴキラダなら確実にお前に惚れていたぞ、ゼーロス!」

 それはゴキカノの極上の微笑みだった。

 パタンと扉がしまる。

 その後ゼーロスはぺちょんぺちょんと跳ねて、電話の受話器を取った。

 「あ、もしもしゴキラダさまですか?
 
 ゴキカノがサガの処へ帰りましたので、ぜひお早くお戻り下さい。

 もうもうっ、あなたさまの苦痛の顔が見たくて…ハアハア…

 エリシオン側の電話ががしゃんと切れる音がした。




 走る、走る、走る。

 ゴキカノは冥界から地上へと走っていた。

 六本脚をフル回転させながら走っていた。

 走る、走る、走る。

 サガは地上からゴキカノが向かったであろう冥界へと走っていた。

 途中死にぞこないに何度もぶつかったが、かまわなかった。

 そして、再び一人と一匹は出会う。

 地上と冥界の狭間。

 「サガ…!」

 「ゴキカノ!」

 思わず駆け寄ろうとしたゴキカノは、しかし立ち止まった。

 自分の六本脚走行に気付き、二足歩行に切りかえる。

 「あ…ごめん、サガ。お前に早く会いたくて、その六本足で走ってしまった…」

 「…ゴキカノ。どうして謝る?誰が六本足で走ってはいけないと云った?」

 「お前だろ」

 一喝カノン。

 サガは苦笑した。

 「そうだ、私だ。だからゴキカノ、私はお前に謝らねばならぬ。

 私はお前を大切に思っている。私はお前に大切に思われている。

 それはとても、とても誇れることだ。

 私は、ゴキカノ、お前と想いを寄せ合うことを誇りに思う。誇りに思っている」

 姿形が何だって云うんだ。

 人間とゴキブリ、蛙とゴキブリが好き合ってもいいじゃないか。

 それはへんなことか?おかしなことか?

 それはとってもすごいことじゃないのか?

 胸を張って好きだと云えること、云われることを誇りに思え!

 「サガ…俺は今すぐお前に抱き付きたい気分だ」


 カノンの声が上擦る。

 サガは腕を広げた。

 「お前が最も早く私の胸へと帰れる方法で、おいで」

 カノンはカサカサカサッと六本足で走った。

 そして、サガの胸へと帰る。

 「サガ、サガ、サガ、大好きだ」
 
 ぎゅうと抱き締め合えば、生きているもの同士だから温かい。

 「ああ、知っているとも」

 さあ帰ろう。

 「帰ってお前を皆に紹介しよう」

 サガはカノンの頬に小さな接吻けを落とした。




 聖域はいつもの静けさを取り戻した。

 住人を悩ませていたゴキブリはゴキカノとの話し合いの結果、住居などへの侵入はしなくなった。

 サガとゴキカノはあっさりと「まあサガだから」の一言で受け入れられた。

 むしろゴキカノは「お前も大変だな」と住人たちから仲間意識を持たれ、

 それはそれでサガ的には微妙だったがまあ良しとしよう。

 「おい、ゴキカノ。冥界のゼーロスとかいうものから手紙が来ているぞ」

 サガがソファに座ったゴキカノに封筒を手渡す。

 開けると、一枚の写真が入っていた。

 「あーあー」

 「…これはたいへんだな」

 ふたりは微笑む。

 ゴキラダがあの小さな体で花冠を作っていた。





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