青の兄弟

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  魔女と人魚と花束と  


 そろそろお前達の誕生日なのではないかとマジックは言った。
 『達』ね。
 俺はガンマ団総帥席にいる兄貴を見ることはなく、長椅子の背凭れに腕をかけ天井を仰ぎ、笑った。
「あいつは死んだよ」
 言うと、マジックは鋭く「ハーレム」と諫めた。
 だが続ける。
 天井では無機質なシーリングファンがゆっくりと時を刻んでいた。
「死んだよ。あの日にな」
 でなければ、あんな魔女みたいな面になるかよ。
 あいつは歳を喰わない魔女だ。不老の魔女だ。
 東洋には人魚の肉を喰い、永遠を得るというお伽話があったことをふと思い出す。
 あの胸くそ悪い男の肉を喰らって、あいつは不老不死の魔女になった。
 バカバカしい。第一あの男が人魚だなんて気味が悪いったらありゃしねえ。
「ところで、ハーレム」
「あん?」
 兄貴の呼びかけに、肩越しに振り返る。
 マジックは一枚の紙切れを手にしていた。先ごろ提出した俺の殴り書きの休暇届だ。
「誕生日になると休暇か。いつまでも子供のようなことをするな」
 マジックはそう吐き捨てて呆れ顔を作る。
 俺は口角を上げた。
「毎年のことだろ。それにもうそんな紙切れ見る前から、取ってくれているんだろう、休み」
 一瞬兄貴は憮然としたが、諦めてサインを認める。それからペンを置いて、机に頬杖を付いた。
「あそこにはもう何もないだろう」
「何もないさ」
 目を瞑る。
 古戦場には何もない。
 ジャンの死体も、サービスが抉った右眼も。ルーザー兄貴の死体も。そしてマジック兄貴が吐いた嘘さえも、もう落ちていない。
「墓石立てる気にもならねえしな」
 冗談めかして言ったが、兄貴の反応は俺の背中には掛からなかった。
「お前は嫌っているように見える」
 兄貴が溜息と共に漏らしたのは、そのような言葉だった。
「私を、サービスを、ルーザーを、青を」
 どうにも辛気臭くて、俺ははっと笑った。
「俺が好きなものは、酒と煙草と競馬だ、競馬」
「体に悪いものばかりだな」
 視線だけで兄貴を見やれば、兄貴はやれやれと笑っていた。
 俺は立ち上がり、休暇届を貰いに兄貴の机の前へと移動する。
「競馬は体に悪くないだろ」
「そうだな。戦費から金をちょろまかし、私に怒られなければ体に悪くはない」
「気付いてたのか」
 やばい。
 今度こそ眼魔砲で解脱越えて、人生におさらばかと思ったが、意外にも兄貴は穏やかにインクの乾いた休暇届を差し出してきた。
「お小遣いだよ、ハーレム」
「はあ?」
「休暇中のお小遣いだよ」
 兄貴は意地悪く笑った。
 子供扱いに腹が立たないわけではないが、どうも負けの込む人生だ、寂しい財布事情もあるので口答えは止めておく。
 その代わりに休暇届を受け取ろうとしたら、マジックは書類を引っ込めた。
 ハーレムと名を呼ばれる。
「お前がいくら嫌おうと、お前は青の眼を持つ、青の男だ」
 眼が合う。
 逸らそうとしたが、見据えられ出来なかった。
「…嫌っていようと戻って来るさ」
 ここには兄貴とサービス、あとガキんちょ共がいる。俺の家族だ。
 だから、俺が戻るのはここしかない。



 総帥室を出ると、バッタリ魔女と再会した。
 同じ銘柄の煙草を咥えている辺り、もしかしたらやはりこの魔女とは双子なのかもしれないと思う。
 そのまま通り過ぎようとしたら、珍しく魔女からお声が掛かった。
「ここにいるなんて珍しいな、ハーレム」
「それはお前も同じだろ」
「マジック兄さんの頼み事を聞きに来たんだ」
「へえ」
 相槌を打ち、俺はこれだと休暇届をひらつかせた。
 それを見て、魔女は鼻でふふんと笑った。
「誕生日に休暇とは、子供みたいだな」
「間違いなく青の奴だな、お前も」
 何をしたって青からは逃れられないのだから、眼を抉る必要なんてなかったのにな、サービス。
 お前は大バカ野郎だ、ホント。
 すると俺がその失われた眼を見ていたことが解ったのか、サービスは長い前髪を掻き上げた。
 思わずふたりで悪魔のようにくちびるを歪めて笑い合う。
 そして互いの煙草を吹かして、その副流煙を存分に交換した。
 入れ替わり様、サービスの裏拳が俺の背を軽く叩く。それに俺が振り返る前にサービスは言った。
「誕生日おめでとう、ハーレム」
 総帥室の扉が閉じていく。
 俺は振り向かずに立ち去る。
 今日から休暇だ。久しぶりに一人酒でもするかな。兄貴から小遣いもらったことだし、競馬に精を出してもいい。
 だが、まずは墓参りだ。
 サービスの右眼の墓参り。
 あいつは待っているんだ、あの日の姿のまま。きっとサービスだと解るように。
 2月14日に俺達は生まれたが、2月14日には俺がひとりで歳を取る。
 2月14日とはそういう日だ。もう何年も前から。

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