雨水の頃に
冬の海は物寂しい。
流された小舟が沖で揺れ、灰がちの空は重く垂れ込めている。
薄墨で描いたような何処までも続く汀線に人影はなかった。
ただ昨夜の淡雪を残した松の千歳緑だけが二人の行く先を灯す明かりのように付かず離れず浜辺の果てまで寄り添っている。
だからだろうか、サスケは渚に降りてみようかと気まぐれを起こした兄にいい顔をしなかった。
けれど、イタチが海に足を向ければ渋々後を追ってくる。
そうしていやがった割には彼は兄よりも波打ち際を歩いた。
寄せては返す波がサスケの足跡を消していく。砂浜にはイタチのそれだけが残された。
だから、いやがったのか。
「サスケ」
イタチは汀を頑なに譲らなかった弟の背を見送るようにして足を止めた。海からの冷たい潮風が二人の外套や髪を吹き乱す。
「おれはまたお前の気持ちを慮っていなかったか」
訊ねると、サスケもまた少し先で立ち止まった。
二人を繋ぐ四、五歩の足跡も打ち寄せられた波に浚われ、消えていく。
「…そうかもな」
半分ほど振り返ったサスケの顔は彼自身の吐く白い息の向こうに霞んでいた。
たとえば去年の秋なら弟は何と答えただろうか。
きっと何も言わず、ふいと横を向いただろう。
時折こうして顔を出すサスケの寂しさが悲しくて、けれどこの静かな冬の海のさざ波のようにそっと心の内を明かしてくれるのが甘い痛みを伴ってイタチの胸を締め付ける。
弟の冷たくかじかんだ手を取り、イタチは雪消の水を待っている。