プライベート・シーン


※ 21才若手演技派俳優イタチ×16才高校生サスケ


 うちはイタチはしのぎを削る銀幕の若手俳優らの中でも一際優れた才覚と人気の持ち主だ。
 だが、それ故にたとえば二人で街へ出掛けることもままならない、ということを気に掛けていたのは弟のサスケではなく、当のイタチ本人だったのだろう。
 つい先日、来年公開する映画のクランクアップを迎え、明日からは次の舞台の稽古に入るという多忙な日々にぽっかりと空いた休日が週末とも重なり、サスケが朝から訪れた兄のマンションで怠惰に時間を過ごしていると、昼過ぎになってようやくのそりと起き出しシャワーを浴びた兄に「これから出掛ける」と車に押し込まれ、連れ出された。
 サスケはたまに兄と二人きりでいられるなら外でも家でも何処だろうと一向に構わなかったのだが、外へ行くなら行くで、ちょっとくらいは変装しろよなと自身の知名度に全く頓着のない普段通りの兄に思うところもある。
 だが、以前からイタチが読みたかったという今は廃刊になってしまった時代小説を求めて入った中古書店でも、要らないと言っているのに半ば無理やり試着させられ、数着のシャツや上着を買われてしまった服屋でも、大勢が行き交う土曜日のスクランブル交差点でも、ちらりちらりとこちらを窺う者や囁き合う者はいたけれど、話しかけられることはなかった。
 なんだ、案外こんなものか。
 一度誤って「イタチの熱愛相手」として週刊誌に撮られたこともあり、はじめは周囲を警戒をしていたサスケも次第に気を緩め、ショッピングセンターの駐車場で兄と共に買い込んだ荷物を車の後部座席に積み込む。
 すると、少し離れたところでざわめきがあった。
 振り返ればイタチと同じか、少し年上の女性たちが明らかにイタチに気付いた風で、こちらへと固まりながらやって来るところだった。
 おずおずとしている割には大胆な彼女らはあっという間に車を挟んだ向こう側で運転席に乗り込もうとしていたイタチを囲んでしまう。
「あの、うちはイタチさんですよね…?」
「もしよければ、あの写真を一緒に」
 と熱っぽく兄を見上げる彼女らは「俳優うちはイタチ」のファンなのだろう。
 サスケはなんとなく居心地が悪くて目を逸らした。
 もちろん口を挟むつもりはないし、あからさまにむすりとするほど子供でもない。
 ただ写真を撮るならさっさとしやがれ、と思っていると、
「今日は弟を連れている。今は兄貴でいさせてくれないか」
 素っ気ないその声に驚いて顔を上げれば、兄はにこりともしていなかった。


「よかったのかよ」
 夕暮れの街をイタチの運転する車が滑らかに走り抜けていく。
 信号は運よく青で、今のところ渋滞もない。隣の兄は少しだけこちらに目を寄越した。
「なにがだ」
「人気商売だろ、アンタ。さっきのは絶対好感度が落ちるぜ」
 兄と二人きりの時間を邪魔されるのは面白くないが、それ以上にイタチが悪く言われるのは腹が立つ。
 だが、イタチはサスケがよく親しんだ兄の顔で口許を小さくふふと綻ばせた。
「お前のおれへのそれが急落する方がずっと困る」
 窓の外を流れる薄暮の街並みと夕焼けに染まる優しい兄の横顔は、まるで弟のサスケしか知らない映画を切り取ったようなワンシーンだった。