夜のワイドショー


※ 21才若手演技派俳優イタチ×16才高校生サスケ


 若手演技派俳優として銀幕を舞台に活躍するうちはイタチは、サスケの五つ歳の離れた兄で、父の反対を押し切り十代半ばの頃から身を投じた演劇の世界で早くから頭角を現していた。
 その兄が映画の制作や公開の話題でではなく、朝から世間を、特に女性たちを騒がせている。
『熱愛発覚!?』
『うちはイタチお泊まり愛!』
『自宅マンションでの深夜の密会!!』
 週刊誌やスポーツ紙には代わり映えしない文言がセンセーショナルに躍り、テレビといえばどのチャンネルを回しても芸能ニュースを拡大し、担当デスクやリポーターたちが盛んに人気俳優イタチの熱愛を報じている。そのうえ、滅多にこの手の話には答えないあの兄が、
「オレの大切な人です」
 などと囲み取材で明言したものだから、芸能リポーターたちは色めき立ち、世の女性たちは悲鳴を上げた。
 おかげで弟のサスケはとばっちりもとばっちりだ。ただでさえ兄とは折り合いの悪い厳格な父は朝から不機嫌を隠そうともしないし、学校ではあれこれと、それこそ休み時間になる毎に入れ替わり立ち替わり見知らぬ女子たちが教室にまで押しかけてイタチのことをかしましく訊ねてくる始末で、疎ましいことこの上ない。とんだ巻き込み事故もあったものだ。
 しかし、サスケが朝から丸一日苛々と神経を刺々しく尖らせ、むっつりと口を引き結んでいるのは、それだけが理由ではない。
 だって、これ、
「オレじゃねーか!」
 夜になってもまだしつこくイタチのニュースを流すテレビに向かって、サスケは「密会」写真を最初に載せた週刊誌を投げつけた。
 それをちょうどシャワーから戻ったイタチがやれやれと拾い上げる。
「何をそんなに怒っているんだ、お前」
「これが腹を立てずにいられるか」
 サスケは諸悪の根源のくせして、こちらを呆れたような様子で見る兄に声を荒げた。
 ここはある週刊誌曰く「密会」の現場になったイタチの一人住まいのマンションで、父のいる家にはどうしても帰る気になれなかったサスケは学校から直接ここへ寄った。たぶん今もそこここに芸能記者たちが張り込み、現れるはずのないイタチの熱愛相手を待ち構えている。
 が、そんなことはどこ吹く風の兄は至っていつもと変わらない。ぱらぱらと週刊誌を捲り、ほらとばかり『うちはイタチ、深夜の密会』写真が大きく掲載されたページを改めてサスケの眼前に差し出した。
「誰もお前だって分からないさ」
 確かに撮られた写真は粗く、顔にはモザイクが掛けられているうえ、連れ立って一緒にマンションに入るイタチが陰になり、少しくせっ毛の長い髪の女の顔立ちまでは分からない。だが、
「そういう問題じゃねえ!」
 サスケは再び強く週刊誌を払い除けた。今度はイタチも件のページを閉じ、そのままそいつをローテーブルの上に放り出す。
 それからカウチに座るサスケの隣に腰を下ろした。ふわりとイタチの温かな石鹸の香りが漂う。さっきサスケだってシャワー借り、同じシャンプーを使ったはずなのに、悔しいことにたったそれだけのことで鼻腔も心も擽られた。が、
「じゃあどんな問題なんだ」
 と、こちらの機嫌を取るように問うイタチには意地でも答えてやらない。
「サスケ」
「……」
「オレの気はそんなに長くないぞ」
「…あんな騙し討ちみたいな真似しやがって」
 サスケは意識的にイタチから顔を背けた。
 あれは先月末のこと、今夜はハロウィンだなんだとサスケを言い包めたイタチはいやがるサスケに女の仮装を無理矢理させたのだ。そして絶対にわざと二人でマンションに帰る姿を撮らせた。朝から何度も見る敏腕芸能記者が「うちはイタチはこれまで一度たりともスキャンダルがなく、鉄壁のガードだった」と言っているのだから間違いない。
「お前を巻き込んだのは悪かった」
 肩にイタチの腕が回される。そっぽを向いた体ごと抱き寄せられた。
「だが、これで痛くもない腹を探られたり、おかしな噂をでっち上げられたりしなくて済む」
「……」
 きっとイタチは人気俳優故の根も葉もない恋愛ゴシップの類いにうんざりしてたのだろうし、サスケがその度に疑心暗鬼を募らせて密かに胸を痛めていたことも知っていたのだろう。
「それにオレは嘘は言っていない」
 折よく点けっぱなしのテレビが、オレの大切な人です、イタチの声を流す。その声音は、国内外から高く評価されてきたイタチのどんな映画より芝居より真摯に思えた。
「実際お前とはすることもしているしな」
 うっと詰まる。それについては反論の余地もない。
「サスケ」
 イタチの指がサスケの顎を取る。優しく強引に振り向かされ、おでことおでこが触れ合った。
 イタチはずるい。眼差しだけでサスケを射竦め、あれでこれな雰囲気をうっとりと醸すのだ。
「…くそ」
 そんな悪態ですらイタチのキスに愛される。
 どうやら今夜も兄と「密会」をすることになりそうだ。