花の言伝て
いよいよ庭の下草も濃く生い茂り始めた夏の蒸した昼日中、濡れ縁の一隅、簾の陰でサスケは肘を枕にうとうとと転た寝をしていた。
今朝は東雲の頃から任務に就き、先ほど里へ戻ったばかりだ。けれど、夕べにはまた少し顔を出さねばならない次の打ち合わせがある。
それで家へ帰ってきて早々に行水で汗と土埃を流し、母が支度をしてくれたきんと冷えた素麺をつるりと食べ、熱の篭る体を休めるためにも一眠りすることにしたのだ。
目を瞑り体を丸めたサスケの傍ら、蚊遣りの器からは細々と煙が立ち昇る。
のたりと蠢く風に風鈴の音は鈍い。
何度か寝返りを打つ内にいつしか団扇は手を離れ、三尺寝の夢うつつにサスケが見たのは幼いころ兄と過ごした青と白の眩しい盛夏の日々だった。
そのなんとも曖昧な輪郭の面影に不意に影が差す。
サスケははっとして目を覚ました。
間を置かずすぐさま半身を起こせど、辺りに人の気配はない。夏の庭は蝉時雨さえしんと静まり返っている。
気のせいだっただろうか。
そう考え、何とはなしに傍に落ちた団扇に手を伸ばす。
が、蚊遣りの煙が僅かにくらくら揺れて歪んでいるのが目に入った。
風は相変わらず怠けている。風鈴も無精だ。
やはり誰かがいたのだ。
注意深く辺りを見渡す。
すると、一輪の蛍袋の花が簾に差し入れらていることに気が付いた。
疑いもせず、イタチだ、と思う。
真っ昼間のうちはの家に悠々と入り込み、サスケに気取らせもせず、こんなことが出来るのはあの兄の仕業としか思えない。
兄もまたここのところは朝な夕なと忙しく、家を空けることも多い。それは彼が暗部であるからこそ尚更だ。
が、今日はサスケのように一度戻ってきたのかもしれない。
そういえば遠い夏の夜、兄と清水流れる川辺の蛍を追ったっけ。
サスケは蛍袋の花に夢から続く光の跡を見る。
おそらく今は姿を見せない兄も今夜は帰ってくるのだろう。
そうしたなら、この花に蛍を灯し、二人で闇夜を漫ろ歩くのも悪くない。
サスケは簾を慎ましく彩る淡紫の花をついと抜き、兄からの言伝てを受け取った。