そぞろ神さまの誘惑


※ 21才大学生イタチ×16才高校生サスケ
※ できていない二人


 あちらがこちらを見つけたときのその顔は実にくるくるとよく回って、見ていておかしかった。
 まずは何故ここにと驚愕に目を開き、それから照れたようにむずりと疼いた唇を隠すためなのか、しかめっ面が現れる。そうして最後は、
「何しに来たんだよ、アンタ」
 と鼻を鳴らすことに落ち着いた。
 ただその問いは彼にしてはあまり賢くない。波立つ心で取り急ぎ紡いだのは明らかだった。
「何しにって、決まっているだろう」
 問われたイタチは視線で弟を左右に導いてやった。
 普段は無機質な白い壁が今日ばかりは華やかな金銀の飾りや様々なポスターに彩られ、そのポスターの片隅には文化祭の三文字が踊っている。
 年に一度の文化祭を在校生のサスケが知らないわけがない。
「…チケットがなければ入れないはずだ」
 的外れなことを訊いてしまった自覚はあるのか、サスケはそっぽを向いた。
 確かに弟の指摘の通り、この高校の文化祭には昨今の世相を反映して、入校には予め生徒に配布されたチケットが必要だ。さて、サスケに配られたチケットはどこへいったのやら。ともかくイタチの手元に届けられることはなかった。
「チケットとはこれのことか?」
 イタチは懐からチケットの半券を取り出した。ひらひらと振ってやれば、サスケがうっと詰まって停止する。
「オレはこれでも結構顔が広いんだ」
「……」
「さて、折角来たんだ。少し回ってくる」
「…くそ」
 歩き始めたイタチにサスケは慌てて付いてきた。放っておけば自分のテリトリーで何をしでかすか分からない兄を一人にするのは気が気ではないらしい。だが、
「お前、自由時間なのか」
 イタチは生徒同士楽しげに歩くグループとすれ違い、そういえばと隣を歩くサスケに訊ねた。
 サスケは「ああ」と頷く。
 訊けばサスケといつもいるクラスの友人たちは、たった今サスケと模擬店の店番を交代し、それぞれの持ち場へと出払ってしまったと言う。サスケは漸く面倒な模擬店の接客から解放され、時間潰しに待機部屋へと戻るところだった。
「他のクラスを見て回ったりはしないのか」
「べつに。興味がない」
 校内は在校生やその生徒の親や友人、模擬店の呼び込みの声で賑わっていた。高校に似つかわしくない小さな子どものはしゃぎ声や在校生同士のカップルもよく目につく。
 こんな日だからこそ少しくらいは羽目を外したって構わないんじゃないのかとイタチは思うが、どうも弟のサスケはそういうところの頭が固い。
「どいつもこいつも浮かれ気分だ」
 サスケは目の遣り処に困る風ではなかったが、不機嫌そうに目を逸らす。
 イタチふうんと頷いた。
「なるほどな」
 通り掛かったのは、都合よく空き教室のようだった。積み上げられた机や椅子を隠すため廊下の窓に掛けられた暗幕もちょうどいい。
 イタチはサスケの手首をぐいと引き、無人の教室へと連れ込んだ。
「おいっ」
 とサスケが非難めいた声を上げる。
 だが、イタチは知らん顔でその腰を引き寄せた。抱いてしまえば、まだ背も体格も兄のイタチには敵わない弟だ。
「に、兄さん…?」
 戸惑うように呟いた唇にイタチは顔を寄せ、一瞬でキスをした。
 驚いたようにサスケの瞳が大きく開く。だが、イタチが目を瞑って見せると、サスケもまたそれに倣った。
「ン…ん…」
 イタチの腕の中でサスケの手が先を迷うようにイタチのシャツをくしゃりと握る。
 ならばと更にきつく抱き寄せたところで、イタチはどんっと強く突き放された。
「な、なにしやがる!」
 焦った様子のサスケが赤らんだ頬と唇を手で覆って後ずさる。
 そんな弟をイタチはふふと笑った。
「どうだ」
 と訊ねてやる。
 サスケは訝しげに眉を寄せた。
「な、にが…」
「少しは浮かれた気分になれたか?」
 もしこれがサスケにとって初めてのキスだったのだとしても、それそのことには大した感慨はなかったが、今は懸命にこちらを睨んで威嚇するこの弟が、咄嗟に兄を拒めなかったことだけは可哀そうにと心底気の毒に思った。