弟の性分



 二週間振りの完全休暇の日に、たった一日のこととはいえ、たった一日だからこそ、折からの寒さも手伝いイタチは温かな床の中で遅めの朝を迎えた。
 里はここ二、三日でめっきり冷え込んだ。庭の橘は始めて黄ばみ、イタチは忍装束に羽織る外套を厚手のものに取り替えた。それにもしかすれば今日辺り、昨夜の内に父兄弟揃いの綿入れを押し入れの奥から引っ張り出した母に、ちょうど休みだからと灯油を買いに遣らされるかもしれない。
 里の季節は肌寒さを感じる秋から、骨を震わし朔風葉を払う冬へと移ろい始めている。
 だが、さすがにそろそろ床を抜けなければならないだろう。雑事は様々あったし、春先に納戸にしまった火桶も出しておきたい。
 イタチは温い布団に後ろ髪を引かれる思いで身を起こし、平服に着替えた。髪をぞんざいに束ね、通り掛かりの台所で水仕事をする母に一声掛けてから洗面所に入る。
 板張りのそこはひんやりとした冷気が容赦なく裸足の足許から這い上がってくるようだった。洗面台に取り付けられた二つある蛇口の内、迷わず湯の方を捻る。忍といえど暑さ寒さを全く感じないというわけではない。
 だが、古いうちはの家の湯沸し器の腰は年々重くなるばかりだ。冬ともなれば殊更そうで、待てど暮らせど温かくはならない。つんとした冷水に仕方なく指先を浸す。ぴっと痛んだ。やはり冬はもうこんなところにまでやって来ている。
 結局イタチは水ではない程度のぬるま湯を手のひらに掬い、顔を洗った。
 するとその折、背後にぬっと気配が現れる。母は台所、父は警務に疾うに出た時刻だ。となれば、この家に残るのはあと一人しかいない。
「サスケか」
 イタチは顔を洗う合間に見えない背後に訊ねた。
 微かに「ああ」といらえがある。
「ちょっと待っていろ」
 手早く洗面を済ませ、手探りで戸棚の手拭いを取る。
 顔を上げると、鏡には早速綿入れを羽織ったサスケの姿が映っていた。母が丈や袖を直したはずだが、イタチのお下がりのためどうも着られている感は拭えない。普段の弟ならこんなのはいやだと拒むところを、綿入れは大きい方がくるまれて温かいのか、珍しく不満げにすることもなく大人しく着ていた。
 その弟は昨日聞いたところによると今日は非番のイタチとは違って、昼から次の任務の打ち合わせがあるらしい。小隊長を務めるとも風の噂で聞いた。
 イタチはまだ支度の全てを終えてはいなかったが、サスケのため体を横にずらし、洗面台を空けてやった。
「先に使うか」
「ああ」
 イタチと交代で洗面台の前に立ったサスケもまた兄と同じように湯の蛇口を捻った。当然寸前までイタチが使っていたのだから、今度はすぐに洗面をするにはちょうどいい具合の湯が出る。
 湯気さえ立つ温かい湯で豪快にばしゃばしゃと顔を洗い始めたサスケを横目にイタチは「まったく」と思った。
 予め昼からの召集が掛かっていたのだ。たった今起きたということはないだろう。であればこの綿入れを着た弟は兄が洗面所を使う水音を聞いて、これ幸いとばかり自室のある二階から降りてきたに違いない。
「お前、そういうところは本当に弟だな」
 イタチの苦笑に、けれど、そういった自覚のないらしいサスケは歯ブラシをくわえたまま訝しげに鏡の中の兄に首を傾げて見せるのだった。