あいつはあいつはかわいい


※ 21才大学生イタチ×16才高校生サスケ
※ 兄さん一人暮らし


「お前、どんな女を相手にしてるんだ」
 ゆったり開いた襟元をくいと後ろに引かれる。
 そんな突然の不躾なことにイタチはノートパソコンを打つ手を止め、背後を降り仰いだ。僅かに眸の端が鋭くなる。
 夏期休暇に入った大学研究室でのこと、どの学部学科もその殆どが試験日程を終えたのか、普段は喧噪の絶えない構内も今は閑散としている。こんな平日昼間に出て来ているのは、追試の学生か、あるいはイタチのように日を空けられない研究に携わる者か、もしくは彼のように大学を職場にする者くらいだろう。でなければ、休暇だというのに涼を求めてやって来る変わり者だ。
 とはいえ、イタチも先程着いたばかりで研究室の空調はまだ十分な働きをしているとは言えない。蝉の合唱が木陰で昼寝をしているのが唯一の救いだが、室内には湿気と熱気が篭り、何処か息苦しささえある。古い空調だ。効き始めるまでにはあと十五分程は待たねばならないだろう。
 そのせいでこの様だ。イタチは内心むすりとした。
 指摘をされている「それ」を隠すため着て来た長袖の襟付きシャツは隣のパイプ椅子の背に引っ掛けてある。部屋にイタチ一人だったため、着いて早々暑くて脱いだのだ。油断をした。失態だ。
 イタチは止めろと言う代わりに彼、サソリの手を振り払うように肩を引いた。パソコンのディスプレイに視線も戻す。
「なんだ、だんまりか?」
 サソリはイタチがパソコンや資料を広げる机を回り込み、向かいの椅子をがたんと引いた。どさりと座る。パソコン越しにこちらを覗き込む彼は、顔は若いが学生ではない。歳は一回りほど上のはずだ。
「すげー噛み痕と引っ掻き傷だな、おい」
 それにイタチがいつまでも応えずにいると、サソリはふいと顔を上げてイタチを笑った。きぃきぃと舟を漕がれたパイプ椅子が軋む。
 それはイタチの心中の抗議の声のようだったが、確かにサソリの言う通り、開いたイタチの襟元には、首の付け根から鎖骨を跨ぐようにして噛み痕がひとつくっきりとついていた。まだ熱を持っているように肌が赤いのは、幾らか皮膚を喰い破られているからだろう。そしてその奥、肩口にかけては鋭くぎりりと爪が立てられた痕もある。
 全て昨晩つけられた。
「よう、イタチ」
 頬杖を突いたサソリの肘に敷かれてくしゃりとレポートが皺になる。デイダラか飛段か。どちらかが後で騒ぐだろうなとイタチは思った。彼らももうじきにやって来る。
「うるせー奴らが来る前に、それ、着ておいた方がいいんじゃねえの」
 とは隣の椅子のシャツのことだろう。確かに。空調も効いてきたことだ。袖を通す。
 外では目覚めた蝉が一匹、ちょうど鳴き始めたところだった。
「だが、意外だな」
 サソリは言った。
 しかし、量り兼ねてイタチは先を促す。
 すると気怠げに持ち上げられた指先でシャツに隠れた噛み痕をゆるりと示された。
「お前がそういうのを許してることがだよ」
 サソリの指が折れる。それは先程イタチが振り払った手だ。
「お前、触られるのは嫌いなんだろ」
「……」
「そいつには随分と甘いらしいな」
 ややあって、「そうだな」とイタチは同意した。自覚はある。それに昔から言われてきたことだ。
 一度瞬いたサソリは、それから呆れたようにふんと鼻で笑った。