20140609 イタチ誕
弟のサスケが学生鞄と近所のスーパーの袋を提げてイタチの部屋を訪れたのは週末の昼を随分と過ぎた、午後三時を少し回った頃のことだった。
今日行くとは聞いていたし、高校の授業も午前のみだとは知っていたので、イタチもまた昼前に研究室を切り上げ、部屋で弟を迎えたのだが、
「……」
何をしに来たんだ、あいつは。
イタチは部屋に上がった途端台所を陣取り、もう二時間も黙々と料理に勤しみ取り組む弟の背中に溜め息を吐いた。
彼がこの部屋に泊まりに来るようになってから、そうであるならとかんたんな料理の手順を教えたのはイタチだが、どうも一つ一つに生真面目にのめり込むところのある弟は、いつの間にか料理にもその性格を如何なく発揮し、それなりのものを作るようになっていた。
無論、だからといって料理人の腕前かと言われれば、そうではない。ごく普通のありふれた家庭料理だ。だが、素朴な煮炊きのその奥に懐かしい母の味をふと見つけることがある。
特に今日はイタチの誕生日を数日後に控えた週末だ。そうは見えなくとも天邪鬼の弟は内心張り切っているのだろう。いつもより膨らんだスーパーの袋が彼の言葉にはしない隠した心を雄弁に物語っている。
慕われている。それは別に悪い気はしない。
だが、やはり、とつくづく思う。
何をしに来たんだ、あいつは。
イタチは今日何度目かになる疑問を、ここは自分の家だというのに台所を占領するサスケに「邪魔だ」と邪険にされながら淹れたコーヒーと共に飲み込んだ。
「……」
サスケが料理を始めて一年と少し。きっと家では自ら進んで母を手伝うことはないだろうから、実質はどれくらいになるだろうか。一品一品を丁寧に仕上げていく様子から、手慣れるにはまだ時間が掛かりそうだとイタチは思う。
詰まるところ、今日、今、この場の終わりが全く見えない。彼が買ってきた食材はまだ三分の一以上も冷蔵庫の中で調理されるのを待っている。
「……」
袖を捲った学校指定の白いシャツ。
時折見せる俯き加減の横顔。
晒されたうなじ。
決して華奢ではないが、まだ後ろから抱けばイタチの腕にすっぽりとおさまる十代半ばの体と腰だ。制服を汚さないようにと買ってやったエプロンの結び目がイタチの視界の真ん中でゆらゆらと揺れている。
「……」
包丁、火。そのどちらも今サスケは使っていない。
慣れないものを作ろうとしているのか、片手のメモ書きに目を通している。
ずらずらと几帳面に書かれたそれはサスケのイタチへの気持ちに他ならなかったが、こちらだって何だどうしたと探りを入れてくる研究室の面倒な連中をあしらってまで昼前には大学から戻って来たのだ。
少しくらいなら手を出しても構わないだろう。
イタチはサスケの腹に両腕を交差させ、その体を閉じ込めるようにして後ろからぐっと抱いた。
てっきりいやがって拒むかと思ったが、
「兄さん」
と言うサスケの声が思いのほか強くなかったことにイタチは内心驚いた。
照れも手伝って兄のこうした突としてのことは不得手としているはずなのに、今日はまた随分と大人しい。困ったような、だが突き放すには名残惜しい。そういう声音と顔をしている。
「まだ掛かりそうか」
イタチはサスケの耳元に唇を寄せながら訊ねた。
彼が書いたメモを盗み見れば、これからあと一品か二品かは作るのだろう。夕飯は果たしていつになるのか。そういうことにサスケ自身もいくらか自覚はあるようだった。
「腹が減ったのかよ」
と、ぼそぼそ言う。
イタチはサスケのぶっきらぼうに「ああ」と頷いた。その際、ついでに髪に見え隠れする耳朶にも接吻けをする。
「昼からずっと待っている」
「……」
「今日は随分凝ったことをしているな」
無論、そのわけが分からないイタチではない。
耳に触れていた唇をそのままうなじへと滑らせ、一度だけ音を鳴らして吸い上げた。腕の中でサスケの体がひくんと震える。サスケはここが弱くて、とても感じやすい。
「…っん!」
イタチは夜のベッドの上に縫い止めた時のように一瞬息を詰めたサスケに満足した。
初めから戯れのことだ。抱いて閉じ込めていた腕も弛めてやる。
料理の途中であることは元より承知をしているし、イタチだって夕食はなければ困る。腹が減っているというのも嘘ではないうえ、十六にもなる弟が兄が誕生日だからと言って憮然と振る舞いながらも実は懸命な様はとても可愛い。
「楽しみにしている」
イタチはサスケの顎を取って顔だけをこちらに振り向かせた。軽く唇に触れる。
そうしてそのまま離れる、つもりだった。
兄さん。
と、サスケがイタチの唇を追いかけ接吻けを押し付けてくるまでは。
「お前…」
無理に体を捻ったためだろう、長くは続かないそれの後にイタチは改めてサスケを見つめた。
そこにはただ一心にイタチだけを眸に映す弟の姿があった。
もう互いに言葉は要らなかった。つと惹かれ合い、顔を寄せ合って、激しく深く接吻け合う。
「ん…っ、ぅん…」
「…サスケ」
イタチはもう一度強くサスケの体を背後から抱いた。
エプロン越しにサスケの体の線を手のひらできつく辿る。特にサスケが悦ぶ腰から太股にかけては何度も何度も撫でて揉み込んだ。
「ん…ン…ふぁ…!にい、さん…っ」
サスケがキスの合間に声を甘く上げるごと、イタチの手つきもまた大胆になっていく。
エプロンの下に手を入れ、白いシャツを乱しながら胸をまさぐる。布地の上から胸の尖りを探して摘まむと、サスケの喉が反って背後のイタチにその滑らかさが晒された。
「あ…っ、だめだ…」
ぐりぐりとサスケの後頭部がイタチの肩に押し付けられる。イタチはサスケの首筋や喉に重ねて幾度も接吻けを落とした。
「本当に?」
と囁けば、はぁはぁとはや濡れ始めた吐息を零すサスケは口を噤んだ。
了承の意。イタチはそう取った。
サスケのシャツのボタンに手をかける。はっとしてサスケは身を竦めたが、制止する様子はない。エプロンの下でさっきまでの性急さとは打って変わって焦らすようにゆっくりと動く兄の手つきを目許を赤らめながらじっと見つめている。
「今、ここでするのか…?」
「お前が望むのならな」
サスケが泊まりに来る日は、だからといって必ず行為に及んでいるわけではない。しない日も時にはある。
だが、今夜はするのだろうとイタチがそうであるようにサスケもまた何処かで予感めいていたはずだ。或いは期待をしていたのかもしれない。
それほどにサスケは夜のイタチの腕の中では普段のつっけんどんが鳴りを潜め、素直に愛されることを悦び、体と心の奥深くまで兄から与えられる全てを享受している。
夜と今の順序が入れ替わっただけだ。イタチは下着代わりにしているらしいTシャツを胸元までたくし上げ、サスケの肌を直に撫でた。
先程摘まんだ胸の飾りはもうぴんと赤くイタチにその存在を主張している。指で挟んで捏ねれば、サスケの腹に回した腕にぎゅっと爪が立てられた。
「あ…!ンっ!…兄さん、おれ…もう…」
そう吐いてイタチを見上げる眸が目眩く官能を待ち望み、焦がれている。
「…ああ、分かっている」
イタチがサスケの制服のズボンのベルトを外す金属音だけがやけに部屋に響いた。
それからイタチは二度サスケを抱いた。
一度目はあのままサスケの体をシンクに押し付け、後ろからやや手荒に貫いた。
それでは互いに足りなくて、二度目はそのまま台所の床に座り込んで、向かい合ってサスケを膝に乗せ抱き合った。
滅多になく積極的だったサスケはそのせいで大分と疲れたらしい。シャワーのあとカウチで休む内にうたた寝を始めてしまっていた。どうしたって抱かれる側のサスケの負担は大きくなる。イタチもそう分かっているからこそ、起こさずそっとしておいた。
そうして二時間後、目覚めたサスケが見たものは、彼の思い描いていた夕飯とは全く異なる食卓だった。
「おれが作りたかったものじゃない」
テーブルについたサスケは開口一番不満げに呟いた。
イタチはしれっと鍋の味噌汁をよそって出してやる。具はたぶん何か他の料理になるはずだった野菜や肉たちだ。
「それはそうだろう。おれが作ったからな」
「メモがあっただろ」
「あったな」
だが、あっただけだ。サスケが用意してきたそのレシピを作れないわけではないが、一通り目を通した上でイタチはわざと夕飯の内容を変更した。
「お前が作らなければ意味がない」
「…アンタが途中で邪魔をしたから作れなかった」
よく言う。とイタチは思う。
確かに一時邪魔はしたが、結局イタチを引き留めたのはサスケだ。
だいたい二度目なんかはイタチの首に縋り付き、「あっ!もっと…!兄さん、もっとしてくれ!」と自ら腰を揺らして貪欲に貪ってきたのはいったい何処のどいつだ。
口にすれば面倒だから敢えて言いはしないが、こうも一方的に自分だけが責められるのは面白くない。
「じゃあ来週も作りに来ればいいだろう」
話を切り上げにかかる。
するとサスケは、
「そんなにいつもいつも暇してるわけじゃねーよ」
と、ふんと鼻を鳴らしたが、実は満更でもない嬉しげなその言いように、イタチの心はまたふとやさしく緩んでしまうのだ。