かぼちゃおばけ あらわる!


※ 9才イタチ×4才サスケ


 秋も深まり、日中の冷えも日に日に増すこの頃、腹這いに寝転がったイタチは少々背に寒気を感じていた。かと言ってわざわざ部屋へ掛け物を取りに行くにはどうにも億劫だ。広げた巻物の先が気に掛かる上、行儀悪く座敷で寝転がりながらそれを読むなどという機会はそうそう簡単に手に入るものではない。父の留守と母の夕食作り、それから自身の休みが偶然重なって得た貴重な午後だ。
 その折、外の廊下を軽い足音が通り掛かる。イタチはしめたと思い、足音の持ち主、まだ小さな弟を呼ばわった。
「サスケ。悪いが、」
 部屋へ行って布団を、という言葉は、けれど呑み込む。サスケが腹這いに寝転んだ兄の背を見つけるやいなや飛び乗るようにしてそこへ登ってきてしまったのだ。くしゃりと小さな手にシャツまで握られる。
「兄さん、馬ごっこ?」
 訊ねられ、違うと思う。だが、子供らしく温かな弟の重さに、まあいいか、とも思う。
 「昔の侍はこうやって馬に乗って戦ったんだ」と巻物に描かれた絵をひとつひとつ指差しながらサスケに教えてやったのは他でもないイタチだ。以来、男の子らしくやんちゃに育った弟は、兄とする馬遊びをとても好いている。
 イタチは「よっ」と声を出し、両腕に力を入れた。五歳も年下の弟の体はとても軽い。かんたんに持ち上がってしまう。
 巻物の続きは、もうさほど重要ではなくなっていた。
 イタチは四つん這いになり、座敷を歩いた。上に乗った弟はなにやらきゃっきゃっと楽しげだ。
 そうして少し行ったところでサスケはイタチの背に寝転ぶように体を倒してきた。
 頃合いか。
 イタチもまたサスケを乗せたまま、大袈裟にぺしゃりと潰れてやる。
 一際大きく上がるサスケの歓声。この急な上下の感覚が弟にはたまらなく面白いらしい。これも以前驚かせてやろうと一度イタチがやって以来、サスケのお気に入りになった。
「兄さん、もう一回!もう一回!」
 ぱたぱたとサスケの脚がイタチの上で鳴る。イタチはそんなサスケを半回転して一端畳に落とし、もう一回転で抱き上げて、寝転んだ腹の上に乗せた。そのままぎゅうと包んで腕の中から出してやらない。
「あんまりわがままを言うと、悪戯するぞ」
 おれは実はかぼちゃのお化け、ランタン持ち男なんだと弟の体をくすぐる。
 すると、サスケはいやいやと笑いながらイタチの腕の中で暴れたが、所詮もう忍の兄に敵うはずもない。
「やめてよ、兄さんっ。くすぐったい、くすぐったい!」
「さて、どうしてやろうかな」
 イタチはなんとか腕の内から逃れようとする弟を抱えてごろごろと畳の上を転がった。
「やめてほしかったら、明日から三日間お前の三時のおやつをおれに寄越すんだ」
「それもやだーっ」
 ごろごろ。
 きゃっきゃっ。
 それから、どすん。
「…あ」
「あ…」
 二人は顔を見合わせた。


「おい、あいつらはどうしたんだ」
 夕刻、警務から戻ったフガクは迎えに出たミコトに訊ねながら廊下を歩いた。脱いだベストは後ろの妻へと渡す。
 無論、あいつらとは二人の息子たちのことだ。フガクが帰った庭先で彼らは揃ってせっせと箒を動かしていた。
 ミコトは受け取ったベストを丁寧な手つきで整えながら、だが何処か呆れたように「お仕置き中よ」と今日のあらましを話し始めた。
 どうやらまた二人して家の中で騒ぎ、座敷の襖をわざとではないにしろ破ってしまったらしい。平生は物静かな長男も、やんちゃ盛りの弟といると年相応に戻ってしまうところがあるようだった。
「それで二人に張り直させたんだけど」
 そう言ってミコトが困り顔でフガクに見せたのは、二人が破れた箇所を紙で塞いだという襖だった。
 かぼちゃのお化け顔が二つ、白の襖の中で踊っている。少々いびつなのは次男の手によるものだろうか。
「もう。あの子たちったら、反省してないんだから」
 成る程、それで庭の掃き掃除をさせられているのか。

 今度芋を買ってきて落ち葉焚きをしような。

 息子たちが楽しげにそんな話していたことは言わないでおいてやろうとフガクは思った。


 Special Thanks このもとさま