兄さんと不健全キス



 正午前だろう、二度寝から目を覚ましたサスケは少しの窮屈を感じた。
 決して寝坊ではない。日曜日とはいえ、今朝もきちんと八時前には起きた。そうしてそれよりも前から起きていた兄と朝食を取った後、まだ温もりの残るベッドに一人潜り込み、二度寝をするのがサスケの日曜日の常だった。
 夜は兄と二人で眠るが(なにせ一人暮らしの兄の家にはベッドがひとつしかない)、二度寝は一人でこの寝床を占領できる。
 二人で眠るには少し手狭なベッドは一人なら広い。
 半分は夢見心地で勝手気ままにごろごろと寝返りを打つこともサスケにとっては小さな幸福だった。
 しかし、そのはずが、どうしたことか、今日はごろっと半回転しただけで手足が何かにぶつかった。
 うっすらと目を開けると、イタチがサスケの隣に座り、足を伸ばし読書に耽っていた。
 邪魔。とはさすがに言わなかった、言えなかったが、狭い狭いと内心悪態を吐く。
 しかもサスケが目覚めたからと言って、兄は弟に何かを言うでもするでもない。そのすらりとした優美な指先で、書物を紐解くことに執心している。
 しょうがなくサスケはイタチに背を向け、現代人の悪習だ、放り出していたスマートフォンを手探りで探して、着信やメッセージを確認した。
 電話の着信はない。メッセージは三件あった。友人たちからの二件、それに母から今夜の夕食は必要かと問う一件。
 友人らには適当に返信し、母へは少し考えて返事を保留する。夕方には帰るかもしれないし、また遅くなってしまうかもしれない。
 母が買い物に出掛ける時刻は分かっているから、それまでに返信すればよいだろう。
 それらの全てを終えると、することがなくなり、スマートフォンを手放す。
 けれど、三度寝はさすがにできず、かといって手持ち無沙汰にも耐えられず、今度はネットに繋いでニュースなんかを読んでみた。
 政治は今日もあの人とこの人がくっついて、この人とその人は仲違い。芸能人の恋愛模様より忙しない。
 事件も事故もない日はないし、景気は悪い悪いとばかり言われているが、学生の自分には実感が伴わない。
 そんな文字の羅列を目に流していると、不意に頭に手を置かれた。
「サスケ」
「ん」
「起きたのか」
 それは、もう寝ないのか、ということだろう。
 スポーツの記事のまだ三行目だ。
 サスケはディスプレイに目を走らせながら、「ああ」とだけ返事を返す。
 それから、いつまで経っても退けてはくれない手を少し頭を振って拒んだ。
「…なんでいるんだよ」
 ようやく最後の句点。父が贔屓にしているプロ野球球団は八回表で救援ピッチャーが打ち込まれてしまったらしい。
 サスケは答えを催促するように肩越しにイタチを振り仰いだ。
 イタチはあれほど熱心に読み耽っていた本をサイドテーブルに置く。おそらくきりがよくなったのだろう。
「おれも十五分ほど仮眠をしたんだ」
 そんなイタチの返答にサスケは「ふぅん」と適当に相槌を打った。
 どちらかといえばディスプレイにダウンロードされ始めている次の記事の方が気がかりだった。
 だが、それに目を戻したそのとき、するりとスマートフォンが手の中から抜き取られた。
「あ…」
 唐突のできごとに為す術もない。光の行き先を追えばイタチの手の中だ。
 ネットが切断される。
「おい、なに勝手に」
 手を伸ばして取り返そうとする。
 だが、サスケの指がスマートフォンに掛かる前にイタチはそれをサイドテーブルの本の上に放り出してしまった。
 代わりに、伸ばした手が手に取られる。
 そうして指を絡められ、ベッドにとてもやさしく縫い止められた。
「あ…」
 覆い被さってきたイタチがサスケの伸ばした脚の間にパズルのように自らの脚をはめ込んでしまう。
 そうして適度に体重を掛けられれば、サスケは兄の体の下から抜け出すことがもう出来ない。
「母さんには返信したのか」
 イタチが顔を近づけながら問うてくる。
 きっとキスをするつもりだ。サスケはあまり唇を開けないようにして、まだだとぼそぼそ答えた。
 兄は穏やかな人格者に見えて、実のところ自分勝手に振る舞う強引なところがある。
 口を開けようものなら、きっと無遠慮に舌を入れて、一方的にこちらを追い上げてくるに違いない。
 そんな思う通りにさせてやるもんか。サスケはぷいと横を向いた。ぱさりと髪がシーツに擦れる。
「だいたいなんでアンタがメッセージのことを知っているんだ」
「着信したときに見えたんだ。今日はどうする。帰るのか?」
「…帰るのは帰るけど。アンタ、これから出かける予定はないのか」
「今日はないな」
 イタチはそう言いながら、こちらの機嫌を取るようにこめかみや耳の裏、頬、顎のラインにちゅっとわざと音を立ててキスを落としてくる。
「どうする?」
 再度イタチに問われて、サスケは考える。
 けれど、実のところ思考はもう迷路に迷い込んでしまっていた。
 今の時刻。母が買い物へ出かける時刻。
 イタチは今日は何処へも出掛けない。
 夕飯は?作る?材料は?
 そうだ、明日は数学の単元末テストがある。
 勉強は?たぶん大丈夫。
 そんなことが断片的に浮かんで、ぐるぐる廻る。
 なんとか繋ぎ合わせようと努めるも、イタチのキスが邪魔なのだ。
「サスケ?」
「あ…も…やめろ…」
 サスケは自由の利くもう片方の手でイタチの肩を押した。しかしそれも藪蛇で、両手ともイタチに取られてしまう。
 顔のすぐ横でやさしくイタチに押さえつけられる手。止まないキス。首筋をイタチの唇がつぅっと辿る。
 呼び覚まされた官能が背筋を走り抜けた。
「兄さん…っ」
 思わずサスケは声を上げて首を振った。
 イタチは顔を少し上げる。腹を立てた風ではない。むしろ、浮かんでいたのは目論見が巧くいったというような笑みだった。
 しまった。
 サスケがそう思ったときにはもう遅い。
 正面を向いたサスケの唇にイタチのそれが重ねられる。
 はじめは羽のようにやさしくやわらかく、それから下唇をちゅっと吸われ、上唇を啄まれる。
 おれを入れろと催促しているのだ。
 だが、サスケにも矜持がある。かんたんに絆されてやるわけにはいかない。
 徐々に強引になるイタチの接吻けに危うく解いてしまいそうになる唇を引き結ぶ。
 イタチはひとつため息を吐いた。
「強情な奴だな、お前は」
 結んでいた手の片方が解かれる。
 解放してくれるのか。そんな考えが一瞬過ぎったが、イタチの手の行方を目で追いかけ、サスケはぎょっとした。
「おいっ、ちょっ…やめろ…っ」
 慌てて止めるが、それよりも早くイタチの手がハーフパンツの裾から忍び込む。
 そのまま太股の内側をゆるゆるとまさぐられた。
「ん…っ、や…っ」
 いやらしい手つきにサスケの脚がびくんっと跳ねた。
 けれどその付け根までは触れてはくれない。もどかしい。熱だけがどんどん煽られる。
 サスケは「ん、ん、んっ」とイタチの手を拒みながらも、無意識に両膝を立て、太股の内側を擦り合わせた。
「サスケ」
「兄さん…っ」
「脚を開け」
 言外にまたおれを入れろと言うのだ。
 もうサスケにそれを拒否するほどの強い意思は残っていなかった。
 思考はとろとろと溶かされてしまっている。
 イタチの言う通り、サスケは脚を開いて、兄をそこへ招き入れた。
「なに…するんだ…」
 先が見えなくて、不安になる。
 だがイタチはいつものように微笑を浮かべるだけだ。
 膝の裏に脚を撫でていた手が差し込まれ、そのままぐっと押し上げられた。
「あっ…」
 イタチがサスケに乗り上げる。
 息が詰まった。
「んっ…苦しい…っ」
 酸素を欲して口を開閉する。
 だが、酷いことにイタチはその隙にとばかり接吻け、舌を入れてくる。
「んんぅ…」
 抵抗のため空いた手でイタチを押し返す。だが、体重を掛けてきているイタチには敵わない。
 舌が絡め取られた。上顎も、舌の裏も、すべてを奪うようにして貪られる。
 呼吸すらままならない。
「は…っ、はぁ…、ん、んっ、んんっ…ん…ん…」
 鼻から甘い声が抜けていく。
 ちゅくちゅくとふたりの舌と唾液が混ざり合う。
 その折、ぎっとベッドが軋んだ。
 とろんとしていたサスケの目が驚きに見開かれる。
「兄さん…!?」
 だが、抗議の声は聞き入れられず、兄に圧し掛かられて、まるで性交をしているときのように体が揺すられる。
 まだ服を纏っていて、それどころかキスをしているだけなのに。
 羞恥に耐えきれなくなったサスケはイタチを制止する声を上げるが、結局はより深く接吻けをされて黙らされてしまった。
 ぎしぎしとベッドの軋みはより一層激しくなる。昇り詰めるときのような激しさにサスケの体から一気に汗が噴き出した。
「兄さん…っ、ん…っ、熱いっ」
 キスの合間になんとか息を継ぐ。
 熱い。
 体が熱い。
 はっはっと息を吐いても吐いても苦しい。
 熱が体中をぐるぐる巡って、けれど行き場所がなくて、サスケの理性を焼き切ってしまいそうだった。
「ん…っ、あっ、あぁっ、」
 ついにサスケは揺さぶられるに任して、性交の時のような喘ぎ声を上げた。
 腰が浮く。
 支えられていない方の膝も開くだけ開いた。
 射精の兆しが記憶から引きずり出されて、現実と溶け合う。
「あんっ、やっ…兄さん…っ、イクっ、イクっ」
「サスケ、キスしかしていない。それくらいでは、いけないだろう」
「いやだっ、イクっ、イタチっ、意地悪するなっ」
「出したいか?サスケ」
 射精をする寸前のように揺さぶられる。
 サスケの腰も応えるようにがくがくと上下する。
 出したい、とサスケは矜持をかなぐり捨てて懇願した。
「したいっ、兄さんっ、あっもぅっ…早くしてくれっ」
 食い合うように接吻け合う。
 いつもは繋がった下半身から聞こえるいやらしい水音が今日は口許からする。
 そんな音に耳まで犯されながら、イタチの激しさが極まったとき、サスケは一際大きな声で喘いだ。
「あっ、ああっ…!」
 快楽の海へ投げ出される。
 だが、当たり前だが、射精はなかった。
 ただ射精感はあった。
 呆然とする。
 すると、髪に手を差し込まれ、汗に濡れた前髪を掻き上げられた。
「気持ちよかったか、サスケ」
 イタチにそう問われるが、未だ快楽の海に浸かるサスケはうまく答えを返せない。
 そんなサスケの手にスマートフォンが戻された。
 イタチを見上げる。
 兄は何事もなかったかのように穏やかに微笑した。
「さてサスケ、母さんに返事を打つ時間だ」