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  03 声も聞こえない豪雨の中で  


 近々うちはイタチが暗部の分隊長を拝命する。
 そういう噂がある。
 表立ってのものではない。
 ダンゾウやダンゾウの周囲から漏れた話でもない。ダンゾウが敷く箝口令はそれほどに厳しい。
 だが、ダンゾウの言質なくそういった噂が暗部隊員の内々で囁かれるのは、イタチの忍びとしての才能が、この暗部にあってでさえ抜きん出ているからであろう。
 はたけカカシは、ドアノブにかけていた手を離した。
 室内ではイタチのあり得ない話でもない昇格を快く思わない隊員たちの話がぼそぼそと低く続いている。
 うちはイタチ。
 確か彼はもうすぐ十三になる、まだ青年ともいえない少年だ。
 アカデミーをたった一年で修了し、下忍を経て、まもなく暗部入りを果たした木の葉の逸材の噂は、あまり接点のないカカシでも聞き及んでいる。
 だが、強大な術や強い肉体を持つ忍は、こんな時代だ、それこそ掃いて捨てるほどにいる。
 その中でイタチが他と一線を画すものは、一族由来の瞳力や生まれ持っての才覚ではなく、あの眼差しだろう。
 まるで世界を俯瞰するかのようにイタチは物事を眺めているきらいがある。
 初めて会った時も年上のカカシを見透かすような眼をしていた。
 あの眼を思い出す度にカカシの左眼は少し痛む。
 あれは若干十二歳の子どもが持つ眼ではない。
 カカシはなるべく大きな音が立つように扉を開けた。
 室内に緊張が走る。隊員たちは一斉に口を噤んだ。
 だが、入ってきたのがカカシだと分かると、それも一気に緩まる。
「カカシか」
「驚かせるな」
 カカシは奥へ歩を進めながら、ぐるりと室内を見回した。どれもこれも仮面で顔を隠している。それが暗部だ。
「驚くのは、疚しいことを話しているからでしょ」
 異能の年下を快く思わない者は多い。
 そのうえ、イタチは名門うちはの生まれだ。羨み、妬む気持ちはわからないでもない。
 感情を理性で制することに長けた暗部隊員であれ、人なのだ。
 けれど、カカシは思う。
「あの子は、よくやってるよ」
 そう。よくやっている。卒なく、子どもであることを一切見せず、うちはを鼻にかけることなく、里に尽くして任務を全うしている。
 うちはイタチは優れた忍なのだと誰もが認めざるを得ない。
 だが、だからこそ、イタチ本人は気にする様子もなく飄々としているが、その背には常に一族と里の期待と羨望、そして人々の好奇と妬みが注がれていた。
「で?そのイタチは?」
 尋ねると、どうやらダンゾウに呼ばれたらしい。
 昨日も夜遅くから暗部に詰めている。今日も夜に任務があったはずだ。
 カカシは窓の外を見やった。よく晴れた青い空が木の葉の里をくるりと包んでいる。
 遠くからは子どもたちの声が届くほど、長閑な昼下がりだ。
「もしかしたら、本当にあいつが分隊長になるかもな」
 隊員の誰かが自嘲気味に鼻を鳴らした。
「奴はうちはだ。持って生まれた写輪眼という才能には勝てやしないさ」
 また誰かが鼻で笑う。自嘲のつもりだったのだろうが、そこには確かにイタチへの僅かな悪意があった。
 カカシはもうなにも言わなかった。窓を開けて、風に当たる。
 うちはイタチ。
 あの子は、いったいいつから、いったいどれほど、こんな眼差しに晒されてきたのだろう。
 そうして決してカカシたちの前では外すことのない仮面の下ではどんな顔をしているのだろう。
 そうまでして十二歳の少年が抱いて守るものが、見渡し見つめる世界が、大人たちには分からない。
「情けないね、まったく」
 カカシの吐露を拾う者はない。



「昨晩も来ませんでしたね」
 とは、フガクの息子うちはイタチのことだ。
 この警務隊員の男が言う通り、イタチは昨晩の会合にも姿を見せなかった。
 その前夜にはフガク自らイタチを呼び、会合のことを言い含めておいたというのに、あれはこのごろ全く俺の言うことを聞かん、フガクは嘆息した。
 幼い頃から物静かで賢く落ち着いた子どもであったイタチだが、いつの頃からか聡明な双眸のどこかに冷淡さが宿り、物事を遠く高いところからひとりで見下ろしているかのような素振りをするようになった。
 それでも五つ年下のサスケにはまだ甘いところもあるようだが、一族や両親といったものは彼が見下ろす広い世界の一欠片に過ぎなくなってしまっているのではないだろうか。
 フガクは家で顔を合わせても眉一つ動かさなくなったイタチについて、そのように思うときがある。
 思い当たる節はある。暗部入りだ。
「昨晩も任務だったそうだ」
「またですか」
「家を空けることも多い。どこも人手はいつも足りてはいないのだ」
 木の葉の通りに面したこの警務本部は、窓を開け放っていれば道を行き交い物を売り買いする人の声やアカデミーに入学する前の子どもたちが忍者の真似事に興じる笑い声が聞こえてくる。
 第三次忍界大戦の傷はこの数年で随分と癒えた。目に見える傷跡はもう少ない。
 木の葉の里も、九尾襲来という不幸はあったものの、今は三代目火影の下で一時の平穏を過ごしている。
 だが大戦や九尾襲来のために多くの忍が失われたこともまた事実だ。
 その穴を埋めるため、イタチのような特に優れた子どもが異例の早さで忍となり、任務に就いている。
「イタチが暗部の任務を断り、うちはの会合に出るのは疑いを招くだけだ。むしろ暫くはその逆である方がいい。暗部に信用され、信頼を置かれることこそが、イタチの成すべき役割なのだからな」
 そういうフガクの言に、うちはの男は頷きながらも、しかし口を挟んだ。
 それはイタチについて何処か懐疑的な心情を含んだ口調だった。
「しかし、隊長。このごろのイタチは、我々うちはから離れたところいるように思えてなりません」
 その言葉にフガクは息を詰めた。
 イタチへの疑惑。
 男の言葉は一族の声だ。そうしてそれはフガク自身のものでもある。
 それでも、一呼吸後には吐く息で答えを返した。
「そのように仕向けたのは俺たち一族だ」
 うちはと双璧を成す千手の流れを汲む火影直轄の部隊にイタチを間諜として送り込んだのは、一族の意志だ。
 フガクは天井を見上げた。古い建物であるためか、薄暗く低い天井だ。鬱屈としている。
「あいつは、イタチは、うちはの忍だ」
 どれだけ外の世界を見ようとも、イタチがうちはに戻らないはずがない。フガクはそう思う。
 うちはの者は誰もがそうであるように、イタチにも火影の座に終ぞ届かなかったうちはマダラの怨嗟の血が流れている。



 ところで、うちはイタチを暗部に引き入れたのは、暗部を掌握するダンゾウの意向であるところが大きい。
 それも、うちはから送り込まれた間諜と知った上で引き入れた。
「三代目が動いている」
 里とうちはの和解を図るらしいとダンゾウは告げた。
 けれど、そのうちはの長子であるイタチは眉ひとつ動かさずダンゾウの言を静かに聞くだけだった。
 イタチは暗部に入った頃からそうであった。感情を露わにすることはなく、私情を口にすることもない。
 だがその様子からして、里とうちはは決裂すると踏んでいるのだろう。先見の眼は高い。
「だが、所詮、一時期を凌ぐに過ぎん」
 ダンゾウが目を落とした紙片には、うちはの会合の回数が記されていた。
 このごろは多い。昨晩もあったようだ。
 うちは一族による武力蜂起。極少数だけが知るこの事実を看過することはできない。
 それは三代目ヒルゼンも同様なのだろうが、ダンゾウにはヒルゼンの取ろうとする策は大いに温く映った。
 千手とうちはに和解はない。
 実際、二代目が行ったうちは警務部隊の設立もこうして失敗に終わっている。
「残念なことだが」
 ダンゾウは紙片を取り上げた。
 そのまま裂く。
 びりびりと上がる小さな悲鳴は、蝋燭に焼べられると、やがて聞こえなくなった。
「一度破れたものは、継ぎ接ぎをいくらしたとしても、いずれまた綻びるのだ」
 そもそも初めから、木の葉隠れの里はひとつではなかった。
 千手とうちはを継ぎ接いで創設された里だ。破綻は目に見えていた。
 そうして最早縫い合わすことができないほどの綻びに今や直面している。
 あとは、誰が手をかけるか、だ。
 里か、うちはか。
 ダンゾウはイタチを見遣った。暗部に引き入れた時から、その選択をイタチに迫っている。
 イタチは口を引き結んだまま、何も語らない。
 涼やかな面差しに、理知的な双眸をしている。
 答えは既に出ているのだろう。
 このうちはの少年は、里を取り、一族を捨てる。
 ダンゾウには確信があった。
 イタチは忍だ。
 飢えて苦しむ者に己の糧を全て差し出す利他的で犠牲的な一面と、たとえば多数の幸福のために少数を文字通り切り捨ててしまう酷薄な一面を兼ね備えている。
 それが己の一族であったとしてもだ。
 だからこそ、イタチに白羽の矢を立てた。
 木の葉隠れの里に忠節を立てるイタチは、ダンゾウを裏切れても、里を捨てることはできない。
「お前は和解を望むかもしれないがな」
 ダンゾウの言葉に、やはりイタチは忍らしく何をも語らなかった。



 陽は随分と傾いた。もう少しすれば、東の方から夜の帳が降ろされる頃だろう。
 暗部の衣装を解き、本部を辞したイタチは夕暮れ色の里の通りを歩いていた。
 また今日の夜遅くには暗部での任務があったが、うちはの集落へ戻り、家にも顔を出す必要がある。
 イタチは暗部の間諜であると同時に、まだうちはの間諜でもあるのだから。
 子どもたちが行き交う大人たちの間を縫うように歓声を上げながら駆けていく。
 アカデミーが終わったのだろう。
 そういえば、この頃のサスケは帰りが遅いと母が嘆息していたことを思い出す。
 どうやら聞くところによれば居残って手裏剣を投げているらしい。
 父は「熱心でいいことだ」と寛容的であったが、母は「お夕食が冷めてしまうし、なにより寝る時間が遅くなるわ」と困り顔を見せていた。
 今日もまだサスケはアカデミーにいるのだろうか。
 イタチの歩みは、ちょうど通りかかったアカデミーの前で途切れた。



「サスケ」
 果たしてサスケはそこにいた。
 母が憂いていた通り、何人かの子どもらに混じり、手裏剣を投げている。
 けれどイタチの呼び声は、ちゃんと聞こえたらしい。
 はっとこちらを振り向き、驚いた顔をして、それから駆け寄ってきた。
「兄さん、どうしたの?」
「偶々近くを通りかかったんだ。お前がまだ残ってるんじゃないかと思ってな。顔見知りの先生に中に入れてもらった」
 迎えに来た、とは言わなかった。
 まだ残るとサスケが言うのなら、あまり遅くはならないようにと釘を差して帰るつもりだった。
 そういうことを伝えると、サスケは少し逡巡する素振りを見せた。
 迷いを表すようにサスケの手の中で二枚の手裏剣がかしゃんかしゃんと擦れ合う。
「兄さんはもう帰るの?」
「ああ、一度な。夜にはまた任務がある」
「…じゃあ、兄さんと帰る。ちょっと待ってて」
 そう言い終わるやいなや、サスケは指導教師に断りを入れて校舎へと走っていった。
 かばんを取りに行ったのだろう。
 なにもそんなにも急がなくともと思ったが、そう声を掛ける前にサスケの姿は校舎へと消えていた。
 それはまるで少しの時間を惜しむようでもあったし、僅かな時を離れてしまえばイタチがいなくなってしまうのではないかといった不安に急かされているようでもあった。
 その折、わあっと揶揄の声が上がる。
 手裏剣の練習をしていた子どもたちが、いやに騒いでいた。
 見遣れば、夕焼けに映える明るい金色の髪をした少年の投げた手裏剣が大きく的から外れている。
 教師が制しようとしているが、子どもたちはなかなか収まりを見せない。
 けれど、その騒ぐ子どもたちの技量も、金髪の少年とそう大して変わらなかった。
 ただサスケが投げた手裏剣だけが的の真ん中を射抜いていた。
 この頃は見てやれていないが、サスケはあの修練場で今もイタチの背を追っているのだろうか。
「やーめだやめだっ」
 あまりに笑われた少年がぷいっと顔を背けた。
 すると、目が合う。
 イタチの顔を知らない少年は、隠すこともなく盛大に眉間にしわを寄せた。誰だ、とその目が雄弁に語っている。
 あまりにも正直なそれにイタチは苦笑した。目を細める。
 そうしてそれからちょっと考え、
「て、く、び」
 と自分の手首を示して、声を出さずに言ってやった。
 彼は必要以上に手首を返しているのだ。それでは手裏剣の軌道も曲がってしまう。
 少年は何度か瞬いたが、すぐに人懐っこくにっと笑った。「よぅし」と手裏剣を構えて、的に向き直る。
 だが、
「兄さん、帰ろっ」
 サスケが駆けて戻ったので、イタチは少年が投げた手裏剣の軌跡を見届けることなく、ただ手裏剣が的を掠めた音を背に聞きながらアカデミーを後にした。
「みんな、熱心なんだな」
 イタチは並んで歩くサスケを見遣って言った。
 サスケは一瞬何のことかと考える仕草をしたが、すぐに思い至ったようだ。
 だが曖昧に頷く。
 わけはかんたんだった。
「あいつらは、下手くそだから残されてるんだ」
「なるほど、それで」
「おれはちがうからな」
 そうすぐさま語気を強めるサスケのいとけない矜持が、今のイタチにはとてもいとおしい。
「お前のは、真ん中を射抜いていた」
「あれくらい、かんたんだよ」
「よく練習をしているんだな」
「…でも兄さんは、おれくらいの頃には、もっとすごい術を使えたんだろう」
 そう言うサスケを「さあ、どうだったかな」とはぐらかす。
 サスケはむすっと拗ねた。
「またそれだ。兄さんは、いつもそうなんだから」
 そんな話をしながらふたりで歩く木の葉の道は、先ほどにも増して賑やかだった。
 通りに並ぶ商店からは今日最後の品を安く売るという威勢の良い声が聞こえ、それに足を止めた母親の裾を握る子どもは、露店商が披露するかんたんな絡繰りの玩具に目を輝かせている。
 そうして一本小道に入れば、両側の家々から夕飯のにおいが漂ってくるのだ。
 母親か、祖母か、だれかが、一日たっぷり学んで遊んだ子どもや懸命に働いた夫の帰りを待ちながら、夕飯の支度に勤しんでいるのだろう。
「早く帰ろう」
「おなかすいたな」
「おぅい、遅いぞ」
「待ってよぅ、置いてかないでよぅ」
 そんな遣り取りがすぐ脇で聞こえたかと思うと、あっという間に男の子たちがアカデミーのかばんを揺らしてイタチとサスケを追い越していく。
 それは、うちはの集落ではもう見ることのない光景だ。
 うちはの子どもと呼べる子どもは、サスケひとりしかいない。
 子どもたちは、夕日に長く伸びた影だけを残して、やがて遠ざかって行った。
 足下を見れば、イタチの影もサスケの影も随分と長い。
 もうすぐに陽が落ちる。
 人々の影が重なり作る歪な足下の暗闇は、まるで穴蔵のようだ。
 イタチは穴蔵を見据えた。暗い底に落ちているものは、きっとイタチが捨てて埋めたものだ。
 うちはは、見誤ったのだ。
 綻んだ木の葉という布を自ら引き裂き、けれど切り捨てられるのが自分たちなのだと気付きもしない。
 もう五十年以上も前に出された答えに異を唱えて、いったいこの漸く訪れた平穏に包まる木の葉の誰がうちはを選ぶというのだろう。
 数を減らしたうちは一族は、一族として衰え始めている。
 里の創建当時には持ち得ていた力は、自ら首を絞める形で失ってしまった。
 最早うちはは、木の葉の里に集い住まう多くの忍一族のひとつでしかないのだ。
 どれほど受け入れ難くとも、それが現実だ。イタチはそう思う。
 そうして里の平和と引き替えに、かつて宿敵である千手と手を結び、戦闘一族としての力を里のために行使することにこそ、うちはの名を守る道がある。
 そうも思う。
 フガクらの考える武力蜂起は、一族の誇りを踏みにじり、双方徒に骸を重ねるだけだ。
 繰り返すが、うちはは数を減らしたのだ。
 秤が捧げるものなど、初めから分かり切ったことだった。
「兄さん」
 不意に声が聞こえた。
 手に触れる者がある。
 思案の淵に佇んでいたイタチは、たちまち我に返った。
 サスケだ。
 サスケが、イタチの手に手を掛けていた。
 幼かったころは迷いなく手を握ってきたサスケだが、イタチの視線が向けられると、その指先は戸惑うようにして離れていく。
 そうさせているのは、イタチだ。
 けれどその手を取ることはもうできない。
 たとえ今慰めに結んだとしても、そう遠くない先に、この手は離さなければならない。
 サスケの手もまた天秤によって捧げられたのだから。
 イタチがサスケを見つめる中で、サスケはイタチを見上げた。
「兄さんはさ」
 と言う。
 いつものように拗ねたようなそれ。
 けれど、イタチを責めたようなところがない。
 なにかに諦めてしまったような、優しさと寂しさが同居をしたような、いつか夜が訪れることを知っている夕暮れのような、そんな眼をサスケはしていた。
「おれの話なんか、聞いてないんだろう」
 イタチは言葉に詰まった。
 呼吸までが止まってしまう。
 決して吐き出せはしない誰にも打ち明けることのできない思いが胸に膨らんで、いっぱいになる。
 苦しい。辛い。痛い。哀しい。悲しい。
 押し殺して仕舞い込んだはずのそれらが、今更イタチをやわやわと締め上げる。
 途方に暮れた。
 けれど、サスケがイタチのために心を痛めているのは、疾うに分かっていたことだ。
 イタチの胸をこんなにも鋭く刺したのは、
「おれの話なんか、聞いてないんだろう」
 そう言うサスケの姿が、夕焼け色に染まる木の葉の里の中に在ったからだ。
 家路を急ぐ子どもたち。
 その帰りを待つ父や母。
 平凡で、だが同じものなどひとつとしてない日々がこの里で、この里に住まう人々によって、営まれている。
 イタチが目に写しているものは、いつだってそういう世界だった。
 生まれ持っての秀でた才覚や強大な力がイタチに様々な世界を見せ、所属をさせたが、その月日こそがイタチにこの里の美しさも尊さも教えてくれた。
 そのくるりと結ばれた美しい里の和の中に、弟のサスケが生きている。
 たったそれだけのことがいとおしくてならない。
「兄さん?」
 黙り込んだイタチを、サスケが気遣わしげに覗き込む。
 イタチは、「いや…」と呻くように呟いた。
「聞こえている」
 イタチは、軽率なことに、この頃では滅多に繋ぐことのなくなったサスケの手を握って包んだ。
 ぎゅっと強く結んだのは、たぶんサスケだ。
 イタチは、もうすぐこの手を離さなければならない。そんなことは分かっている。分かっている。
 限られた時が尽きようとしていた。帳は降ろされ始めた。
 だというのに。
 そうだというのに。
 暗くて深い底冷えのする穴蔵に、そっと少しずつ捧げられたものを埋めてきたはずなのに。
「聞こえている」
 サスケのイタチを呼ぶ声だけが、まだ聞こえる。

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