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  20120723 サスケ誕  


 まだ西の空に月がうっすらと残る早朝の頃、任務から戻ったサスケが引き戸を開けると、奥からイタチが顔を出した。
 わざわざ出迎えに来たという様子ではない。
 姿格好から、どうやら今度はイタチが今から任務に赴くようだった。
「おかえり」
 サスケが靴を脱ぐ横で、イタチが屈んで靴を履く。
 サスケは「あぁ」と答えた。
 無愛想であることは、今に始まったことではない。
 十五、六の年頃にはよくあることだと思われているのか、時折度が過ぎれば両親が小言を言うくらいで、あとは幸いなことに放って置いてくれている。
 兄にしてもそうだ。サスケについて、イタチが無闇矢鱈に干渉をすることはない。
 ただ、常に泰然とした様のこの兄は、サスケの受け答えがあろうとなかろうと、こうだと決めれば驚嘆するほどの強引さで本当にそのようにしてしまうのだから、
 もしかすればサスケの否も諾も不必要なのかもしれなかったが。
 ともかく今回の発端は、すべて兄のそういった性情に起因する。
「サスケは明日は休みか」
 突然に問われる。
 が、それは予め仕入れた情報の最終確認か、そうでなければ話のきっかけにしか過ぎない。
 そういった話し振りだった。
 奥に引っ込もうとしていたサスケは、足を止める。
 振り返ると、イタチは立ち上がって手を戸に掛けていた。
「…休みだけど」
「なにか予定は?」
「いや、今のところはない」
「そうか。実はおれも休みだ」
 イタチの言に、サスケは困る。
 明日イタチが休み。反芻するが、意図するところがよくわからない。それがいったいどうしたというのだろう。
 ただイタチが立ち去らなかったことから、なにやらサスケの返事を期待しているということには、その無表情からは読めはしないが、なんとかわかった。
「あ、そう」
 間の抜けた、加えて幾分か遅い相槌を打つ。
 だがそれはイタチの望んだ返答ではなかったようだ。
「…予定もない」
 まるで物わかりの悪い生徒に言い聞かせる教師のように、殊更ゆっくりと紡ぐ。
 腹を立てている様子はない。
 そもイタチという人物は、いつもどこか達観し、あるいは諦観をしている節がある。
 サスケは兄が物事に対して執着し、感情を露わにしているところを見たことがない。
 ただそのサスケをじっと見詰める無表情には、わけのわからない威圧感があった。
 兄さん、こわい。
「お、おぅ」
 なんとかこくこくと頷くサスケは、腰が若干引け気味だ。
 イタチは、けれど、やはり納得がいかないらしい。
 戸に掛けていた手がそこから離れる。そうしてきちんと向き直られ、言われたことが、
「お前、この間、誕生日だっただろう」
 だった。
 いよいよサスケの混乱は極まる。
 誕生日?
 そう、確かについこの間サスケは十六になった。
 今年もイタチからはきちんとプレゼントが寄越され、それをサスケは今腰に提げている。
 だが、サスケの十六の誕生日は過ぎたのだ。終わったのだ。
 兄から贈られた新しい忍具ポーチを手で隠しながら、(早速使っているんだな、なんて言うなよ絶対言うな)、内心首を捻る。
 いったい兄の予定のない休日と数日前の誕生日にどんな関係があるというのだろう。
「サスケ」
 イタチがふと溜息を吐いた。
 がらがらと引き戸を開ける。
 どうやら時間切れらしかった。
 けれど、出て行くその前に、イタチが肩越しに振り返る。
「行きたいところを考えておけ」
「…え」
 サスケはぽかんと口を開けて任務に赴く兄を見送った。



「なんかお前の兄ちゃん、休日前の父ちゃんみたいだってばよ」
 ナルトの的確な指摘にサスケは「ぐっ…」と呻いて箸を握りしめた。割り箸なので、そこからぼきりと折れる。
 向かいの席のシカマルは、飛んできた木片を面倒げにはたき落とした。ついで厨房を振り返る。
「おーい、おばちゃん、割り箸一膳追加ね」
 このままでは、程良く炙られた牛肉上ロースは、サスケの胃に入ることなく、隣のチョウジに食べ尽くされてしまうだろう。
 第七班と、第十班、偶然朝方ともに任務が終了したため、仮眠後、久しぶりに昼を食べようということになったのだ。
「でも、よかったんじゃない、サスケ。この間なんか、兄さんが忙しすぎて辛い!とかなんとか騒いでたじゃないか」
 チョウジは順調に肉を平らげながら頷く。
 そう、確かにチョウジの言う通り、久々に兄と過ごすことには何の異存もない。
 けれど、先ほどのナルトの指摘がどうも気がかりだ。
「おれはもう十六だ。にいさ…イタチは」
「いや、もうそこいっそ言い切れ」
「あと一文字で『にいさん』完成だってばよ」
「うるせぇな。ともかくイタチは、おれをいくつだと思ってるんだ」
「十六だろ」
「サスケがぼくたちに見せてくれた、イタチさんからもらったっていう誕生日カードにもそう書いてあったじゃないか」
「そういう意味じゃねえよ。あいつ、おれが無邪気に『修行に付き合ってよ、兄さん』と言うとでも思っているのか?」
「つい一ヶ月前に言ってたってばよ、サスケ」
「あれは一五のときだ、どべ」
「えぇえ!?今のおれが責められるところ!?」
 などとナルトが騒ぐ中、それを制するようにサスケはおもむろに両肘をテーブルに着いた。
 一拍置く。
 辺りはしんとした。
 一種の緊迫感が焼き肉店を覆い尽くす。
「そこで、だ」
 サスケは組んだ手の上に顎を乗せた。
「ナルト、お前、四代目とならどこへ行きたい?」
「結局、行くのかよ!」
 同期三人のつっこみは見事に唱和した。

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