修道院時代

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  足りなすぎる Brothers 6  


■言葉が足りません

 子供というのは、それほどバカでもなく、大人のように図太くもないから、会ってすぐに手を引っ込められれば、ああこの人はおれのことが嫌いなんだな、くらいは分かった。
 それから人伝に、この人はおれの兄貴だったんだな、とか、随分とおれのせいで嫌な目に遭ったんだな、とか、そういうこともぼんやりと理解したし、だからこの兄という人はおれのことが嫌いなんだな、と子供なりに納得もした。
 謝ったし、言葉も尽くした。拙い言葉で、兄と弟としてやり直せないだろうか、とまで伝えた。
 けれど、何を言っても、何を問うても、何も言ってくれず、何も答えてくれないから、ああこの人とおれには埋められないものがあるんだな、としばらくすれば気付くし、もう無理なんだろうかもう無理なんだな、と子供なりに諦めもする。
 そうして何年も口を閉ざしていれば、アンタに何を話していいのか、何を話してはいけないのか、分からなくなるに決まってるじゃないか。
 今更言葉を求められても困る。
「聖堂騎士団員見習いのククール、お前は報告ひとつできないのかね」
 俺に喋り方を教えなかったのは誰でもない、アンタだ。



■接触が足りません

 「朝課はどうした」と団長室に戻ってきたマルチェロが驚く風もなく問うので、「さぼった」と部屋の真ん中に立っていた俺もあっさりと答えた。
 「そうか」と言うマルチェロは俺のわきをすいと通り過ぎ、もう座ろうとする。
 「団長殿」と俺は彼の袖を引いて引き止めた。
「今日、男爵の所に行くんだ」
 触って。
 そう言ってマルチェロの袖を離す。代わりに脱いだ。上も、下も、全部脱いだ。
「他の誰かに触られる前に、アンタにあますところなく触って欲しい」



■真心が足りません

 一人、死んだ。三人、担がれて帰った。十人、怪我を負って戻った。
 そういう魔物討伐だった。俺は偶々その十人だった。
「よく戻った」
 マルチェロが俺にそう言うのは、マルチェロが騎士団長で、騎士ひとりひとりにそう言うのが決まりだからだ。
 マルチェロが決まりに従って言っているだけと同じように、俺の「はい」もきっとマルチェロには届かない。



■愛情が足りません

 そのテラスからは屋敷の庭が一望できた。
 新緑の垣根。薄色の花に飾られた門。薔薇の園。水を湛える噴水。手入れをする庭師。
 はしゃぐ子供たち。共に遊ぶ父、お茶をいれる母。見守る祖母。控える使用人。
 肘を付いた柵はよく磨かれている。
「冴えない顔だな」
 映り込んだ顔を見て、俺は苦く笑った。



■人生が足りません

 会うまでに数年かかった。
 同じ騎士になるまでもやっぱり数年かかった。
 生意気な口きいて、軽口叩いて、突っかかる、そういうことが出来るまでにも十年くらいかかってしまった。
 ごろり、と寝返りを打つ。
「ちきしょー」
 せめて普通に話が出来るようになるのに何年かかって、あわよくば兄貴と呼べる関係になるのには十何年かかって、そしてもしやり直せることが出来るのなら、それは何十年後の話なんだろうか。
 寝返りを打った床はかたくて、冷たい。挙句湿っている。
「まずは、あと何日でお許しを頂けるか、なんだけどさ」
 俺はまだこんなところでうじうじやっている。



■何もかもが足りません

 からん、からん、と投げ転がされたのは二振りの剣だった。
 マルチェロは迷いなくそれを拾い上げる。ひゅっと振った。
「ならば、何もかもを手に入れるまでだ」
 そうして俺はまたもう一振りの剣と共に取り残される。
 剣を取って、追いかけて、後ろから刺して、何処にも行かないようにしてしまう。
 欲しいのは、そんなアンタじゃない。


配布元:コ・コ・コさま
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