Mix Gemini 30




歌声


 遠くで誰かが唄う子守歌に、「ああ、とても懐かしいなあ」と、

 凭れ掛かり合いながら耳を傾けふたり、静かに静かに眠りへ落ちる。




クリティカルヒット


 結局何をどう云ったとしても、サガは俺のことを一番に思ってくれていると確信的に思っていた。

 けれどそれはよくよく考えてみれば根拠のない確信。

 扉を開けて入ってきたのは、当たり前だが聖域帰りのサガだった。

 今日は数日振りに帰ってくるという約束とまではいかないが、でも約束のような日だった。

 「おかえり」と長椅子から思わず立ち上がりながら云うと、サガは眉間に皺を寄せた。

 「カノン。お前、体調を崩してくれているのではないか?」

 ほら、サガはきちんと俺を見てくれている。俺はサガの服を握り、少し熱があると頷いた。

 するとサガは俺の額に手をやりながら、今聖域でも風邪が流行っているのだと云った。

 今日はサガが帰ってくるという約束のような約束ではない。けれど約束の日。

 けれどだけど仕方ないじゃないか。聖域では風邪が流行っていて、子供ばっかりなのだから。

 「サガ…」

 だから俺は云おうとしたのだ。それじゃ聖域に行って看病してやれよ、と。なのにサガは先に云った。

 「すまないが、カノン。私は聖域へ戻る」

 そういうのやめてくれよな。これじゃ口を開け掛けた俺が間抜けではないか。

 ていうかお前がそうしたいのくらい解っているから、俺がせめて先に云いたかったのに。

 俺は握っていたサガの服を離した。「風邪には気を付けろ」と送り出す。

 それは音を立てて崩れ落ちるのではない。音も無い。そもそも崩れ落ちる瓦礫もない。

 静かに静かに、突然ぽっかりと全てが消え失せるから、こんなにも哀しい。







 「961.93度」

 カノンが呟くと、サガは読んでいた雑誌から顔を上げた。

 「なんだ、それは」と問うと、隣のカノンは鼻を鳴らした。

 「銀の融点」

 その答えにサガはああと左手中指にはめた指輪を見やる。

 「これのことか」

 「そう。それのことだ。折角買ってきたというのに、何故お前がはめてまうのだ」

 しかも取れないとはどういうことだとカノンが怒る。

 「それは、サイズが少し小さいということだろう」

 サガは指輪を眺めながらさらりと云った。カノンはサガの左手首を取る。

 「俺はそういうことを云っているのではない。返せ。なんとか取れ」

 「さきほどその努力はしただろう?石鹸水にどれだけこの手を浸していたか」

 「ああ、くそ。俺の給料三ヶ月分が、お前なんかの手に」

 「随分と奮発したのだな」

 サガはますます指輪が気に入ったのか、カノンの手を振り払い、口の端を上げる。カノンは嘆いた。

 「はあ。お前なんかのものになるくらいなら、いっそ溶かしてしまいたい…」

 「まあ諦めろ、カノン。その内お前が気に入る指輪を買ってやる」

 指輪に軽く接吻けながら云う。

 「え。ケチなお前が、本当か?」

 「本当だ。その薬指より、少し小さいやつをな」

 女避けには丁度良いとサガは笑んだ。




街外れ


 「そのような寂しい処で何をしているのだ、カノン」

 「ん。ちょっと感傷に耽ってみたりなんかして」

 「感傷も良いが、ほらご覧、もうすぐ日が暮れる」

 「ん」

 「帰ろう、カノン」

 「…ん」

 「煙草はあまり短くなるまで吸うな」

 「ん」

 「だからと云って、道端に捨てるな」

 「…ふ」

 「うん?」

 「いや。なに。実はな。きっとお前は俺を迎えに来たりしないだろうと感傷に耽っていたのだが。

 お前のせいで感傷気分は吹っ飛んでしまった」

 「カノン」

 「うん?」

 「手。握っても良いぞ」

 「…うん」




ON


 「サガー。今日の晩飯は?って、なんだそれ」

 「オコノミヤキとヤキソバだ」

 「オコノミヤキとヤキソバ…?なんだそりゃ」

 「この前日本で食べたのだが、あの暴力的なソースの味はお前が好きそうだったのでな」

 「俺が好きそうなもん作ってくれるのは嬉しいが、形容詞がなんかやだ」

 「文句を云わずに、オーブンプレートを温めろ」

 「へーい」

 ブチ。

 「…サガ。なんか停電なんですけど」

 「ふむ。ブレーカーが落ちたか」

 ぐー。

 「…む…虚しい」




生真面目


 「なあサガよ」とカノンが足の爪を切りながらふと云った。

 サガは読んでいた新聞の頁を捲りながら、何だと問う。

 「俺たちはせかいのへいわをまもるためのごーるどせいんとなのだよな」

 「ああ、そうだな」

 プチプチと爪が飛ぶ。バサリと新聞が擦れ合う。

 「じゃあ、世界がへいわになったら、俺たちどうするのだろう」

 「その時は、カノン」とサガはカノンを見やった。

 「お前とのんびり暮らすさ」
 
 プチプチと爪が飛ぶ。バサリと新聞が擦れ合う。

 「…まあ、それも良いかもなあ」

 プチプチと爪が飛ぶ。バサリと新聞が擦れ合う。







 帰宅し、リビングにいたカノンを見かけたので、ほらと一本のまだ蕾の赤い花を差し出した。

 カノンは訝しげに私を見上げて、なんだこりゃと云いつつも花を受け取る。

 私は堅苦しいネクタイを緩めながら、帰りに花売りから買ったと話した。

 「その花だけ、まだ蕾だったせいか残っていたのだ」

 そう云うと、カノンはお前らしいなと花を少し乱暴にくるりと舞わした。

 「だが、サガよ。うちに一輪挿しなんてないぞ?」

 いや、正確にはこの前まであった。

 あったがお前が割ったのだろうと云えば喧嘩になるだろうから止めた。

 その代わり、先程までカノンが飲んでいたのだろうコーラの瓶を指し示す。

 「それで良いのではないか?」  

 「これ?これか」

 カノンは少し何事か考えていたようだが、結局キッチンへ立った。

 そうしてしばらく私がカノンが散らかした本を片付けていると、「なあ、サガよ」と戻ってくる。

 手にはコーラの瓶に生けられた花の蕾。

 「こいつ、咲くのか?」

 私は片付けの手を止めて、「さあな」と答えた。カノンはふうんと云っただけだった。

 それからまた新聞を丁寧に畳んでいると、カノンが部屋をウロウロキョロキョロしはじめる。

 邪魔だと文句を云ってやろうかと思ったが、漸くそれをテーブルの上に置き、

 カノンが極上にやわらかく眼を細めたので、まあ良いかと思った。




波打ち際


 ふたりで波打ち際をじゃぶじゃぶ歩く。靴は何処かに置き忘れ、不意に立ち止まって水平線。

 「なあサガよ」

 「なんだ?」

 「なあサガよ」

 今もし俺がお前の手を取って、あの水平線へと向かって行ったなら、「サガよ、お前は怒るかな」

 するとサガは少し笑って云った。

 「服が濡れるので、怒るな」

 「うん。そうだな」

 俺は自嘲した。

 「なあサガよ」

 俺は俯いた。

 「本当はね、お前をあの海の底へ連れ去りたい。光も音も無い世界に閉じ込めたい」

 お前を俺だけのものにしたいだなんて、そんな迷惑この上ない愛し方しか出来なくてごめんね。

 零れた涙はどうかサガに届きませんように。どうかこのまま波が彼方に押しやりますように。




力加減


 カノンはセックスが好きだが、好きでない節がある。

 したくてしたくてどうしようもないという日が生理的にあるらしいが、

 それは別に私としたいというわけではないらしい。私とでも良いらしいが。

 私はと云えば、やはり生理現象なので時々したくなる。私は具合が良いのでカノンとがいい。

 で、今日がどうやら私にはそんな気分の日らしいのだが、カノンは全く違うらしい。

 長椅子にごろごろと寝転がり、雑誌を読んでいる。

 「ふむ」

 私がカノンを眺め、思案していると、カノンは私の視線に気付いたようだった。

 「何か用か?用がないなら、喉が渇いたのでコーヒーでも淹れてくれ」

 「それはどういう理論だ」

 ここで素直にコーヒーをいれてやれば、カノンは警戒する。

 カノンはケチだなと云って、しかし自ら淹れに行こうとはしなかった。そんなに欲しいわけではないらしい。

 カノンが生理的にそういう日でないのならば、誘ったとしても、めんどくさいから嫌だと云うだろう。

 そう、ならば渇きを増長させてやれば良い。自ら欲するようにしてやれば良いのだ。

 そうすれば私も満たされ、カノンも強制ではなく、自ら望み、気持ち良くなれるのだ。万事解決。

 「何にやにや笑っているのだ、気持ち悪いな」

 カノンがこちらを見て、嫌そうな顔をする。

 私は口許を綻ばせ、微笑んでやった。

 「お前は弟想いな兄を持って、幸せだな」

 さて、次はどうやってカノンを落とすかだ。私は怯えるカノンを眺めながら、算段をはじめる。




消毒


 カノンが何かの本を熱心に読んでいるので、

 私は数人と囲んだ夕食の片付けをしながら、何を読んでいるのかと問うてみた。

 「アテナからお借りした、日本で盛んな小説だ」とカノンは顔も上げない。

 よく解らないので、曖昧に「はあ」と返しておくと、不意にカノンが問うてきた。

 「サガ」

 「うん?」

 「お前、ここ3時間以内に誰かと望まぬ接吻けをしたことはあるか?」

 カノンの云うことは、28年間−13年間一緒に暮らしても、時折意味不明だ。

 私がないと答えると、何故か残念そうにし、しかし気を取り直してまた問うてくる。

 「じゃあ、ここ1日以内に誰かと望まぬセックスをしたとか?」

 カノンはアホだと真剣に思った。

 どうしてこのごく平凡な暮らしに、そんな非日常的で劇的なことが起こるというのか。

 「先程から一体何なのだ」

 私がいい加減にしろとばかり云うと、カノンは本を差し出した。

 「ボーイズラブ小説って云って、ほら、この消毒してやろうという展開、やってみたかったりする」

 カノンが指し示す箇所を読めば、男Aが男Bの唇を奪って消毒云々。

 やはりカノンはアホだと脱力した。そしてアホな子ほど可愛いと心底思った。

 「カノン」

 「ん?」

 私を見上げたカノンの口に手近にあったカップを押し当てる。

 「なにをする」とカノンが不快げに私を睨むが、その結んだくちびるに接吻けを。

 「消毒だ」とペロリと舐めれば、「お前もアホだ」とカノンがくちびるを開いて、更に深く深く。




ふさふさ


 視線に気付いて目を覚ます。そうして視線の先を見ようと顔を向けようとすれば、痛みが走った。

 仕方なく視線だけでそちらを見やる。

 そこには床に広がった私の髪の上に寝転んだカノンがいて、こちらをじっと見ていた。

 にやりと笑ったので、勝手に人の髪の上で寝るなと顔面に裏拳、但し痛くない程度。

 だと云うのに、カノンは痛いなと文句を云った。

 「カノン」

 「うん?」

 私の毛先を弄っているカノンに問う。

 「寝難いだろう?」

 髪の上など、と云うとカノンはぱたりと髪を弄っていた手を下ろした。

 「良いのだ。俺は兄さんの上が好きだからな」

 その答えを鼻で笑う。

 「お前にしては随分と遠慮がちな上だな」

 するとカノンはころりと一回転して私の傍に寄ってきた。

 「寝顔、気持ちよさそうだったから」

 「ほう。それで遠慮してくれていたというわけか」

 「兄想いの弟だろう」

 そう云うカノンの腰の下に手を侵入させる。カノンは自ら腰を上げて私の腕を通した。

 そのまま力を込めてカノンの身体を抱き寄せ、私の身体の上に乗せてやる。

 「次はお前が気持ち良くなる番か?」

 問うとカノンは早速私の両頬を手で包んできた。

 それが答えらしいので、私もカノンの髪へと手を差し込んで諾と云う。




狩り


 レッスン1、ハンターは音も無く身を潜める。

 レッスン2、ハンターは獲物が近付くのを待つ。

 レッスン3、罠を張っても良し。

 レッスン4、隙を窺い、容赦なく、ガブリ。

 「カノン!突然首を噛むな!」




機械音痴



 「サガー!サガ!サガ!サガぁぁぁ!」

 「煩いぞ、カノン。聞こえている」

 「貴様!ネット通販で大量にDVDボックスを買っただろう!?」

 「さあ、身に覚えがないな」

 「嘘を吐け!しかも俺の口座から引き落としやがったな!」

 「さあ、覚えておらぬ」

 「俺が買っていないのだから、あと俺のパソコンをいじれるのはお前だろうが!」

 「私はパソコンなど出来ぬ。しかしまあ、もしかしたら間違ってクリックしてしまったのかもな」

 「わざとだ!絶対わざとだ!俺はこの間お前がブラインドタッチしている処を見たのだ!」

 「それは幻覚だ、カノン」

 「死ね!あと5回くらい死ね!」

 ***

 「カーノーン!カノン!カノン!カノーン!」

 「煩いぞ、サガ。耳が腐る」

 「貴様!ネット通販の引き落とし口座を私の口座に勝手に変更したな!?」

 「さあて、知らぬなあ」

 「しかも!私の倍以上のDVDボックスを買っただろう!?」

 「そのような事実は一切御座いません…って、拳しまえ!」

 「死ね、あと10回くらい死ね」

 「お前が云うと、洒落にならんからやめろ!しかも俺死ぬ回数倍!?」







 夜道をふたりで歩いていると、

 「半月って、お前を思い出すよ」と少し前を歩いていたカノンが振り向いて云った。

 私はそれを訂正する。

 「私と私を思い出すのだろう?」

 私が口許を緩めると、カノンもまた眼を細めて小さく笑んだ。

 「うん。お前とあいつを思い出すよ」

 そう云ってカノンはまた前を向いて歩き出す。私は少しあとから付いていく。

 カノンは空を見上げている。私はそんなカノンを見ている。

 たぶんカノンも笑んでいるし、私も笑んでいる。そんな夜道の帰り道。




停電


 突然真っ暗。

 「ん?」

 「ぎゃーす!」

 カノンの叫びに自室から出て、手探りで廊下。

 「カノーン、無事かー?」

 がちゃりと扉を開けると、カノンがへにゃへにゃと倒れているらしかった。

 「カノン…?」

 むぎゅ。

 「…わざと見えない振りして踏むのをやめろ」

 サガが足をどけてかがみ込めば、カノンも漸く起き上がる。

 「カノン、大丈夫か?」と問えば、カノンは深い哀しみの溜息を吐いた。

 「ゲーム…セーブを不精してとっていなかった…最悪だ」

 一瞬バカだと云ってやろうとしたサガだったが、やめた。

 「よしよし」
 
 ここは慰め甘やかして、暗くても出来る愉しいことに持ち込もう。




アンクレット


 サガのベッドに寝転がってテレビ鑑賞の俺。

 「なあ、思うのだがな」

 ベッドの主は椅子で本読み。

 「うん…?」

 気のない返事に負けじと、投げやり会話。

 「女のアンクレットって、けっこう、なんかこう、ドキリとしないか?」

 なんか俺は好きだなと云うと、しかしサガはどうでも良いご様子で、「…ああ」としか返さない。

 別にいいんだけど。むしろ語られても困る。お互い納得、気のない返事と投げやり会話。

 と思っていたら、突然サガの手が伸びてきて、足首を取られる。そして引っ張られた。

 サガは何かを考えるように俺の足首を注視。

 「…改まって足をジロジロ見られるのは、けっこう恥ずかしくて嫌なのだが、兄さん」

 一応抗議してみたが、無駄無駄。いきなり足に接吻けられて、それどころか吸われちゃって。

 「ああ、そうだな、何かこう、ドキリとするな」

 なんて、サガは確信犯でにやり。







 何やら昼過ぎからカノンがキッチンにこもりっきりなので覗いてみると、クッキーを焼いていた。

 軽く眩暈。「お前は何をやっているのだ」と思わず呟く。

 すると生地を練っていたカノンは云った。

 「最近の男は料理くらい出来なくてはいかんのだ」

 「料理と菓子作りは違うのではないか?」

 と云うか、ならば夕食を作れと思う。するとカノンは一瞬押し黙って、やがて白状。

 「…いや…実はたんにクッキーを食べたくなったのだが、家になかったので作っているのだ」

 「…格好付けずに最初からそう云えば良いものを」

 「格好付けるのは兄さんに似たのだ」

 にやりと笑われて形勢逆転。「煩い」と、今回は私の負けだ。

 「ところで我が家にクッキーの型などあったか?」

 「ない」

 「…では、どうするのだ」と問うと、カノンは口の狭いコップを見やって云った。

 「丸いのはこれに粉をまぶして、代用する。で、あとは自分で細工する」

 「ああ、なるほど、お前らしい。ではお茶の時間を楽しみにしていよう」

 「…誰もお前にやるなど云っていないぞ」

 「くれぬのか?」

 「…いや…あげるけどさ」

 で、お茶の時間に出てきたカノンの手作りクッキーは双子座の聖衣の形をしていた。最低だ。

 「ほらほら、兄さんには悪の方の顔をやるよ」

 お気遣いありがとう。




輪廻


 街の酒場の怪しい占い師が云った、「見える見える。あなたの前世は…」

 「靴の紐ですと云われたのだ」と云うと、サガは珍しく快活に笑った。

 そんなに笑うなと腹を立てると、すまんすまんと謝られる。

 しかし、どうもその顔がすまなさそうではない。そう思っていると、実はな、とサガは続けた。

 サガも一度占ってもらったらしいこと。

 そして占いの結果、「私の前世は紐靴なのに紐がない靴らしいのだ」

 ああ、と納得。あのインチキくさい占い師、実のところ凄腕の占い師なのかもしれないと思った。




うつぶせ


 床に敷き詰めた絨毯の上、サガがうつぶせに寝転んで本を読んでいた。

 ぴったり体を合わせてのしかかると、重いと邪見に振り払われそうになる。

 それに構わず、長い髪の間に鼻梁を埋める。

 上下する身体と、俺の体重のせいか少し息苦しそうなその呼吸に胸が掻き立てられる。

 「カノン」と俺を呼ぶ声ですら、少し苦痛を帯びていて、今度は首筋と肩の間に顔を埋める。

 そのまま悪戯心で耳朶をくちびるではさむ、「そういえば」と囁きながら。

 「そういえば、こういう展開は初めてだとは思わないか」

 お前がこういう風に俺の上に乗ることはあるけれど。

 「なにせこの体勢では、お前に入れれぬからなあ」とサガが苦笑。

 「一度この体勢でやってみるか」と云われて、俺も苦笑。

 「遠慮しておくよ」

 最近慣らされ過ぎて、セックス中は尻に入れて欲しくなっちゃっているのだからほんと憂鬱。




ゴム


 「うーん。お前が後で掻き出してくれるなら、生でも良いぞ」

 「その最中にまたお前は盛るからダメだ。この間はそのせいで夜明けまで眠れなかったしな」

 「それはお前の手付きがいやらしいからだ!」

 「指を突っ込み動かしているのだから仕方なかろう。

 それにお前はそうして事後処理に乗じてもう一度したいだけだろう」

 「ち…違うわ!俺はお前と違ってそんな色ボケではないわ!」

 「ふん。では今日はなしだ。盛ってばかりの私に付き合わせて悪かったな」

 手を振り払って、彼は去る。

 「…サガのアホ」

 ベッドにひとりでゴロゴロ。扉の前で彼がくすくす笑っているとも知らないで。




RPG

 
 ドラゴンクエスト8をやりながら、「つーか、サガよ。ああ、また全滅しそうだ」

 「なんだ、カノンよ。お前は回復もせずに攻めてばかりだからな」

 「俺ってお前から、お前なんて生まれてこなければ良かった、とは云われたことないな」

 「お前が生まれなければ、つまり私も生まれてくるはずがないからな」

 「…ああ、そうか。って、全滅した」

 「今コマンドを明らかに間違えただろう。何を考えていた…?」

 「意地悪云うな。なんか所詮お前は自分中心なのだなと思っただけだ」

 「ふ。私はお前の取り柄を顔といかさまだけとは思っておらぬよ」

 「いや、顔はともかく、いかさまってなんだ。というか他の取り柄ってなんだ」

 「それは、うむ…うーむ…う…」

 「他の取り柄って何だ、なあ兄さん」

 「…むう」
 
 「なあ、兄さんってば」

 コントローラーを放り投げて、あとはいちゃこらごろごろ、ゲーム日和。




沸騰


 ピーというやかんの音に私は本を置いて立ち上がった。

 するとカノンが雑誌を読みながら「俺も」と云う。「ああ、解った」と残してキッチンへ立ち、しばらく。

 両手にカップメンを持ち帰ってくると、カノンは漸く雑誌からちらりと視線を上げた。

 そして、意外げに眼を大きくした。

 「…三時のお茶ではないのか?」

 「三時のおやつだ」

 カップメンの一方を差しだし、「要らぬのか?」と問うと、カノンは「要る」と受け取った。

 ふたりで三分睨めっこ。カノンの指が正確に一秒をテーブルに刻む。

 「あと153」

 「…あと152だろう?」

 「え…」

 「ええ…?」

 「あ、狂った」

 「狂ったな」
 
 ふたりで苦笑。




カーテン



 「あっ…サガ…ぁ、もうやめろ、やめろっ…て…っ」

 床板に爪を立てカノン。

 けれど背後のサガはカノンの腰をその腕で固定したまま行為を繰り返すばかり。

 「いや…いや…だ…サガ…っ」

 カノンが思わず救いを求めるようにして手を伸ばした先にはカーテン。

 それを掴んだと同時にサガの突きが激しくなる。

 「っあ!あっ、あっ、ああっ、や…っ」

 留め具が弾ける。床にカノンの髪とそれが散らばる。
 
 重さに耐えきれなくなったカーテンが悲鳴を立てて裂けた。

 「っはぁ…はぁ…はぁ…」

 カノンは荒い息をつきながら、破れたカーテンと共に床に崩れ落ちた。




劣性遺伝


 灰色の鳩が白色の鳩の死骸の傍を何事もなかったように歩き過ぎるのを見ながら、

 遺伝子でさえ、脆弱なものは淘汰されるのだとカノンは思った。

 「カノン」

 声に振り返ると、夕闇逆光。

 彼の姿が薄暗く見えるのも、その眸が赤く見えるのも、全ては沈み行く太陽のせいなのか。

 脆弱なものは淘汰される。

 白い鳩の眸は閉じず、カノンがそれでも彼をサガと呼ぶ姿を映していた。




夢中


 カノンの体にサガの体が覆い被さる。サガの両手がカノンの両頬を捕らえる。

 包み込むようにして、キス。けれどその内くちびるだけでは足りなくなって、

 「あ…サガ…舌もよこせ」

 カノンがサガの頭を両手で抱え込む。

 サガはぺろりと己のくちびるを舐めて、カノンに差し込む。ちゅくちゅく、キス。

 けれどその内舌だけでは足りなくなって、

 「サガ…ん…んあ…も…全部舐めて…」

 カノンが首筋を反らす。サガはそこに舌を走らせる。れろれろ、首筋にキス。けれど口寂しくなって、

 「サガ…っ、サガ…っ、口も欲しい…」

 カノンが物欲しそうに舌を揺らすので、サガは頬に掛けていた指を口に入れてやった。

 「ん…ん…サガ…サガ…は…あ…、サガ…っ」




おちる


 急速落下の感覚。腹を中心に手足が胴より上へ浮遊。闇に沈む。そこでカノンは眼を覚ました。

 眼を開ければ、サガと眼が合った。

 触れようとして触れれなかったのだろうサガの両手がカノンの両頬の傍にある。

 カノンは両手でその手に触れ、頬に触れさせてやった。

 「サガ、お前の起こし方は最低だ」

 云うとサガはただ微笑。カノンは仕方ないなあと苦笑い。

 「寂しいのなら口で云え。夢の中まで入ってくるな」

 するとサガはふふんと笑う。

 「お前は私がいくら耳元で囁いてもなびかぬ唯一の奴だからな、言葉などで伝わるものか」

 「ああ、では仕方がないな。言葉で求められぬなら、その体で求めてくれよ」

 但し寝起きなので痛くしちゃ嫌だと囁いた。

 



虚構


 「サガ、サガ」

 「なんだ、カノン。突然甘えたりしてきて。お前はいつまでも子供だな」

 「サガ。俺、隠していたが、サガのことが好きなのだ」

 「そうか、あれで隠していたのか。全く隠れていない気もするが、嬉しいぞ、カノン」

 「それどころか、すごく愛しているのだ」

 「ほう。私もお前のことを愛しているよ」

 「大好きだ、サガ、ラヴだ、ラヴ!もう俺をめちゃくちゃにしてくれ」

 ***

 「…サガ、こら、サガ」

 「…む…?」

 「寝惚けて抱きつくな。重い、苦しい、どけ、蹴るぞ」

 「…夢か…」

 「にやにやしてたぞ…気持ちの悪い奴。それに、いい加減離れろ。鬱陶しい!」

 「むう…隠していたが隠し切れていない辺りまで実にリアリティに溢れた夢だった」

 離れ際、脇腹にちゅう。

 「…っあ、こ…こらっ。ついでに吸うな、バカ!あーもー、痕がつくだろう!へんたいめ」

 「…現実はこれか…」




月齢ゼロ


 「カノン」とサガが俺の上着を片手に現れて云った。

 「夜の散歩と洒落込もうではないか」

 だとしても今夜はニュームーン、月明かりもない頼りない夜の道。サガは困ったように微笑した。

 いいよ、云わなくていいさ。真っ暗闇はふたりにとって都合がいいなど解りきっている。

 ふたりで歩く月なき道。星の遠い光だけでは心細いふたり道。それでも夜明けは嫌い。嫌い。

 「嫌い」

 サガに押し付けるわけじゃあないけれど。







 サガを受け入れるために開かれた膝頭。そこへくちびるを落とせばカノンは僅かに身を捩った。

 顔は片腕に覆われて見えない。

 ただ浅く早く呼吸を繰り返す口とその内でわななく舌だけが伺えた。

 付けたままのくちびるを滑らせる。膝頭から脛、脛から甲、甲から指先。

 「ん…」

 カノンがサガの舌が辿る脚をサガの肩に掛ける。それでも彼は顔を覆ったまま。サガは苦笑した。

 「ここもか、カノン?」

 掛けられた脚の膝の裏。ぺろりと舐めれば、カノンは漸く小さく笑みを浮かべた。




遠く遠く遠く…


 例えばあなたは星のようです。

 気の遠くなるような年月を掛けて、あなたはわたしのもとへとやって来るから。

 例えばあなたは月のようです。

 手を伸ばせば届くようなところから、そっとあなたはわたしの夜を照らしてくれるから。

 例えばあなたは太陽のようです。

 向かい合おうと見据えれば、まぶしすぎて眼が眩んでしまうから。

 例えばあなたは空のようです。

 どれだけ高い山に登っても、あなたに触れることは出来ないから。

 例えばあなたは水平線のようです。

 どれだけ近くにと望んでも、あなたは遠ざかるばかり。

 それでもこの世界の何処かにあなたがいることを、わたしは神でなく、あなたに感謝致します。

 あなたに祝福を、あなたに安らぎを、あなたに希望を、あなたに勇気を、

 あなたに花のように舞う神の愛を。

 そして最後に、あなたの光にこぼれるその髪を慎ましくも飾る小さな花をわたしから。





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