日常的な感情 Gemini 10

B&F
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感激・感動


 大型スーパーのレジに並んでいたカノンは表示された金額に思わず傍にいたサガを呼んだ。

 「サガ、見てみろ」

 云われてサガはひょいとカノンの後ろから表示額を覗き込む。珍しく「ほう!」と驚きの声を漏らす。

 表示金額は77.7ユーロ。

 「別にこれで割引になるわけでもないのだが、なにやら俺はすごいことをした気分だ」

 普段は断るレシートを受け取り、カノンはカートを押しながらスリーセブン・レシートをサガに渡す。

 「…これを貰ってもな」

 渡されたサガは苦笑する。




憤怒・激怒


 三時のお茶に合わせてコーヒーを淹れたカノンは、キッチンから書斎にいるはずのサガに大声で問うた。

 「サガー!コーヒーを淹れたが、お前も飲むかー?」

 すると数秒後に「もらおう」というなんだか偉そうな答えが返ってきたので、

 早速カノンは右手にカノンのカップ、左手にサガのカップを持ち、書斎へ向かう。

 途中2口ほど淹れたてコーヒーを飲みながら、書斎の扉の前を爪先ノック。

 「開けろー」

 「…まったく、お前は行儀がなっていない」

 開く扉。内側には呆れたようなサガの顔。

 「そんなこと云われてもな。両手が塞がっているのだから、仕方あるまい?」

 カノンはずいとサガのカップをサガに差し出した。

 「外では絶対にするなよ」

 とサガは云いながらカップを受け取り、しかし、

 「熱!」

 すぐに手を引っ込める。

 カノンは「熱すぎたか?すまない」と謝りながらも、「そんなに熱いか?」と首を傾げる。

 サガはぶすっとした顔でカノンの手元を指差した。

 「お前は取っ手を持っているから熱いと感じないだけだ」

 「あーそういえばそうか」

 納得するカノンにサガは「それに」と続ける。

 「普通カップを差し出すときには、相手に取っ手側を取らせるだろう…まったくお前は…」

 「ちょっと待てい。何故俺がそんなに責められなければならんのだ!」

 カノン、ちょっと納得いかない。




落胆・消沈



 街の絵画展へと出掛けた夕刻の帰り道、サガは田舎街を包む夕飯の匂いに懐かしさを覚えた。

 擦れ違うのは今日の遊びを終え、家に帰る子どもたち。

 きっと彼らの母は彼らのために温かい夕飯を今頃作り、テーブルに並べているのだろう。

 サガはこのあと古書店に立ち寄ろうかと考えていたが、カノンの待つ家に帰ることにした。

 彼も今頃夕飯の支度に追われているのだろうか。そんなことを考える。

 そうして自宅の扉を開いたサガに届いたカノンの第一声、

 「お前、寄り道してから帰って来る予定だったのだろう!?まだ何も作ってないぞ!」

 サガは無言でカノンをポカポカ叩いた。




恋愛・愛着


 俺が居間でシードラゴンの鱗衣を磨いていると、サガが不思議そうな顔をして覗き込んできた。

 「なにをしているのだ、カノン?」

 「きれいに磨いてやっているのだ」

 キュキュとやわらかい布で意匠の一つ一つを丁寧に拭く。

 サガはふうんと頷いて、「大切にしているのだな」と云った。

 俺は手を休めずに答える。

 「たまに、な」

 するとサガは一時居間を離れたが、すぐに戻ってきて俺の背後に座った。

 ブラシで髪を梳かれる。

 「なにをしているのだ、サガ?」

 問うとサガは笑った。

 「たまには大切にしてやろうかと思って」

 ジェミニの聖衣が僻まなければ良いのだが、そんなことを考えた。




哀愁・悲観


 居間を通り掛ったカノンはふと足を止めた。

 最近7:3の割り勘で購入した52V型液晶テレビにはFF12ゲーム画面。

 プレイの途中だったのだろうサガは何か用事でもあったのか席を外している。

 カノンは「ふむふむ」と状況を確認し、テレビの前に胡坐をかいた。

 そして徐にコントローラーを取り上げて、ボス戦を再開する。

 きっと几帳面なサガのことだ、ボス戦寸前のセーブポイントでセーブをしているに違いない。

 このボス戦をクリアし、ムービーを見た後に一度電源を落として先程の画面まで進めておけば良いだろう。

 カノンはそのように考えながら無事ボスを撃破し、ムービーを堪能した。

 そして画面上には、「ここまでをセーブしますか?」の文字。だがここで思わず、

  →上書き保存する

    上書き保存をしない

 「あーーーーーーー!!」

 いつもの癖で○ボタン連打してしまったと真っ青カノンは頭を抱える。

 「サガに殺される…!!俺の命などきっとあいつの中ではセーブデータより軽いに違いない!」

 カノンは光速で荷造りをし、鞄片手に逃げ出した。




未練・依存


 カウチに腹這いに寝そべりながらカノンはサガが途中まで読んでいた本を読み流していた。

 内容は途中からなのでよく分からない。あくまで途中からなので、分からないだけ。

 サガはいない。読みかけの本を残し、何処かへ出掛けたらしい。

 そこに玄関の扉が開く音。続いてリビングの扉が開く音。

 カノンは本の頁を捲りながら云った。

 「何処に行ってたんだ?」

 サガは夕飯の食材が詰まった袋を抱え直す。

 「買い物だが?」

 それに対するカノンの言葉はない。

 不審に思ったサガは「カノン?」とカウチに寝そべるカノンを覗き込んだ。

 カノンはサガの読みかけの本に突っ伏していた。

 「何をしているのだ、お前は」

 「自己嫌悪中」

 「ふうん」

 サガは「頁を折り曲げるなよ」と残しキッチンへ入った。




切実・切望


 「あーん」とカノンが昼間街のケーキ屋で買ってきたガトーショコラを頬張ろうとした、その時、

 サガがばたん!と扉を開けて教皇宮からのお帰り。

 「おう、サガ。今日も一日お勤めごくろーさん」という意でカノンが兄を振り返ったところ、

 兄はもうすぐそこに、目の前に、仁王立ち。

 「なななな!?」

 驚くカノン。

 更にケーキを持つ手をがしっと掴まれ、びっくりカノン、

 「わわわ俺が悪かったー!」

 思わず普段の癖で謝罪を叫ぶ。

 だがサガはかまわずカノンのケーキを持つ手をそのままぐいっと引き寄せ、

 あらゆるサガを考慮しても信じられないことにそのままケーキをぱっくん、もぐもぐ。

 あっという間にサガの胃へと姿を消すガトーショコラ。

 ついでにカノンの手についた生クリームまでぺろぺろと舐めはじめる。

 「ぎゃああああ!食われる!食われる…!」

 とカノンが叫んだところでサガはカノンを叩いた。

 「誰が食うか」

 漸く手を解放される。

 カノンは自分の手を引き寄せて、怒った。

 「なにをする!びっくりしたではないか!」

 だがサガは悪びれた様子もなく云った。

 「仕事に集中しすぎて、糖分不足に陥ったのだ」

 「陥りすぎだろ!?」

 カノンは思わずつっこんだ。




気合・根性


 「イライラする!」

 カノンはiPodを手の中で弄っていたイヤホンコードごとサガに押し付けた。

 サガは読んでいた『イリアス』から複雑に絡んだイヤホンコードに目を移し、しかしすぐにそれを押し返した。

 「カノンよ、何故もっと根気良く物事を続けることが出来ぬのだ」

 「もう五分も頑張った」

 「たった五分で根を上げるな」

 「しかしサガよ、考えてもみろ。俺たちは光速で動くことが出来るのだぞ。

 光の速さで五分、体感時間はそれはもう怖ろしい時間だとは思わないか?」

 「その怖ろしい時間を今度は私に味わえとそう云いたいのか、カノン?」

 サガは『イリアス』をぱたんと閉じる。

 その不穏な微笑みにカノンはぶんぶんと首を振った。

 「もう五分頑張ってみよう」

 「そうかそうか。聖闘士の基本は気合と根性だ。頑張れカノン」

 「おーいーしゃーの、きーぬーいーと、もーつーぼーれー、なーおーれー…」

 サガが再び『イリアス』を開く音がする。




期待・希望


 「サガよ、見てくれ」と街から帰って来たカノンが私に数枚の長方形の紙を差し出してきたので、

 私は今日の夕飯は何にしようかと開けていた冷蔵庫を閉めて、それを受け取る。

 それは年末ジャンボ宝くじだった。

 いったいいつからギリシアでも宝くじが売り出されるようになったのだろうと疑問に思いつつ、

 「当たれば専用のコックを雇ってくれ」とカノンに返す。

 だが私の反応はカノンが期待していたものとは違ったらしい。

 カノンはもう一度今度は少し突き出すようにして宝くじを見せてくる。

 「ほら、ここ。ここを見ろ」

 指でとんとんと示された先にはナンバー。

 「なんと下四桁が0530なのだ。どうだ、すごいだろう。もしかして当たるのではないか、このくじ」

 確かにそれは私たちの誕生日を表す数字と云われれば異存はないが、

 「しかしカノンよ」

 私は沈痛な面持ちで宣告してやることにした。

 「私たちのこれまでの人生を振り返り、0530が本当に当たるとお前は思うのか?」

 「う…」

 カノンの手の中から年末ジャンボ宝くじがはらはら落ちた。




生理的欲求


 カノンは羽根ペンをインク壷にどぼんと放り出し、執務机に突っ伏した。

 「サガよ、俺は非常に、緊急的に、生命に関わるほど的に、腹が空いているのだが」

 「お前はいくつになっても国語力が乏しいな」

 サガはとんとんと作成した書類の束を揃える。

 「糖分が不足しているので国語力も当俺比75パーセントほど低下しているのだ」

 カノンの腹がぎゅるぎゅると鳴る。

 現在午前一時。最後に食事を摂ったのは七時間前、カロリーメイト一欠けら。

 「だいたいいつから聖域は仕事面でこんなにも日本化してしまったのだ!もう一時だぞ!

 うう…いかん、大声を出すとカロリーが消費され、余計に腹が減る…」

 それでもぶつぶつと云うカノンにくサガは「やれやれ」と板チョコを半分に割って差し出した。

 「これを食え、カノン」

 「…なんだか本当の兄のようだな、サガ」

 カノンはチェコレートの甘さを噛みしめ、とろかしながら、しみじみとサガを見つめる。

 「本当の兄なのだが」

 カノンの頭が心配なサガは「もう少し食え」と自分の分をもう一度割ってカノンに渡してやった。





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