サガが「今日自殺をしようと思うのだ」と言った。
それは昨日も聴いた。一昨日も聴いた。九日前にだって聴いたし、一ヶ月前にも聴いた気がする。
毎日聴いた。もう飽きた。
それでも俺は「どうしてそんなことを言うのだ」と問い返した。
昨日も問うた。一昨日も問うた。九日前にだって問うたし、一ヶ月前にも問うた気がする。
毎日問うた。もう疲れた。
サガは「私が死んでも世界は困らないじゃないか」と答えた。
それは昨日も言った。一昨日も言った。九日前にも言ったし、一ヶ月前にも言っていた気がする。
毎日言った。もう知ってる。
俺が黙っているとサガは更に、
「私の代わりにはお前がいるし、きっと誰も気付かないだろうし、私でなくても良いのだろうし、
サガと名が付けばそれでかまわないのだろうし、お前は私と同じ姿形に同じ力を持っているし、
そうなるとサガがカノンでもかまわないのだろうし、私でなくてカノンでも良いのだろうし、
お前は私の振りが上手いからきっと誰も気付かない。ほら、私じゃなくてもいいじゃないか」
と続けた。
「だから私が死んでも世界は困らない」ともぽつりと付け足す。
そこで俺は「でもね、兄さん」と言ってみる。
「でもね、兄さん。サガの代わりを俺が出来ても、兄さんの代わりは誰にも出来ないんだよ」
ああ、昨日も同じことを俺はそういえば言った。
一昨日も言った。九日前にも言った。一ヶ月前にも言った気がする。
毎日言った。もうすぐ声が枯れてしまう。
「世界が困らなくとも、俺が困る。困るのだよ、兄さん」
もしも声が枯れたら、俺は髪を切って、片目を潰して、アテナなんか死ねばいいとサガに筆談で言ってみよう。
そんな「サガ」は「サガ」ではないから、「サガ」はずっと「サガ」でいられるし、「カノン」が「サガ」になることもないだろう。
それに俺はカノンという名がけっこう気に入っていた。
それから少しして、俺はサガと同じ病気にかかった。
サガに「今日自殺をしようと思うのだ」と言ってみるようになった。
サガは「どうしてそんなことを言うのだ」と困ったような顔をして俺を見る。
「俺が死んでもサガは困らないじゃないか」と俺は答えた。
サガが黙っているのが怖くて俺は更に、
「俺の代わりにはあいつがいるし、きっとお前は俺がいなくなっても気付かないだろうし、
俺でなくても良いのだろうし、お前がその闇を投影できるなら名前なんて何でもかまわないのだろうし、
あいつは俺と同じ姿形に同じ力を持っているし、そうなると俺があいつでもかまわないのだろうし、
俺でなくてあいつでも良いのだろうし、あいつは俺なんかよりもっとお前に近いだろうし、
ほら、俺の代わりにはあいつがいるではないか」
と続けた。
「だから俺が死んでもサガは困らない」ともぽつりと付け足す。
サガは黙ったままだった。
サガがずっと黙ったままだったので、俺の病気は重くなる。
あいつは俺の代わりを出来ても、弟の代わりはあいつじゃできない。
そんな薬を誰か俺に処方してくれ。
それからえらく時は流れて、サガの姿が部屋の中に見つからないので、
あいつまた何処かで病気が再発でもしているんじゃないかねえなんて思いつつ、
俺はカウチにごろりと横になり、折り畳んだ新聞の文字を追う。
が、そこで気付いたのはテラスにあるサガの背中。
「そんなところで何をしている?」とテラスに出て声を掛けると、振り向いたサガは煙草を咥えていた。
紫煙がくらりくらりと夕焼け空に昇って行く。
「自殺だ」などと可笑しげに笑うので、俺も可笑しくなって笑った。
「えらく気の長い自殺だな」
肺がん促進自殺なんてと俺が言うと、サガは俺に副流煙を吹き付けた。「心中でも良いぞ」なんて言いながら。
それからサガは吸うか?とその煙草を差し出してきたが、俺は「禁煙した」と首を振った。
するとサガは「知っている」とまた笑った。お前こそ悪だ。
「これで私は死ねなくなったな」とサガは言った。
「そうだな。サガはヤニ中聖闘士で、俺は健康志向聖闘士だから、入れ替わったらもうばれる」
俺は手すりに背を預ける。
「早死にしないためにも禁煙するか」
とサガが片手に持っていた灰皿に煙草を捨てようとするので、俺は「あほか」と言ってやった。
「そんなことしたらまた全部同じになっちまう」
そう訴えた俺にサガは目を細めた。
「同じではないさ」
灰皿に押し付けられた煙草が僅かに身を捩る。
サガは言った、
「お前は私のバカな弟だ」
具体的にどうしてバカなのかと訊いたら、禁煙は九日後失敗するからだと奴は笑った。
そんな予想を覆して、俺の禁煙はこの後一ヶ月も続く。
狂言自殺