切なくなる Brothers 15

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乾き過ぎた瞳


 世間じゃ感動大作と有名な映画のDVDを眺めながら兄弟、

 「…いったいどの辺が感動なのかさっぱりわかんねえ」

 「お前には感性というものがないのか?」

 「じゃあ兄貴は感動してるのかよ」

 「感動する箇所は分る。が、私はこのようなものに踊らされたりはしない」

 「いるよな、そういう奴。てか全然この主人公悲劇じゃねーし。

 いい加減でバカな親父がふたりの女に子供生ませて、

 その子供たちが孤児院で育つくらいの勢いじゃないと悲劇とは云えないよなあ」

 「挙句その弟がバカで救いようがないくらいでないと悲劇ではないな」

 「え。待てよ。それじゃあアンタの方が悲劇度は上なわけ?可哀想なのは俺だろ」

 「いったい何処がだ?満足な教育を受けさせてやり、

 衣食住も充分に整えてやっているではないか。私の稼ぎで」

 「兄の愛情が足りないところとか」

 「お前に掛けている金を愛情に換算してみろ」

 「…兄貴、俺のことすげえ愛してくれてるんだな」

 ちょっぴり感動するククールだった。




もう、届かない


 カウチに寝そべり経済雑誌を読む兄にそろり近付く。

 ひょいと雑誌を取り上げて、くちびるにキス。

 それから鼻を甘噛みしようとしたところで、マルチェロは鬱陶しそうに身体を起こした。

 それでも負けじとククールが首筋にじゃれつこうとするが、

 「そろそろ夕飯の支度でもするか」と立ち上がる兄。

 くちびるも鼻も眼ももう遠く。

 「さっき昼飯食べたところなのに」

 ククールはふてくされたようにカウチにごろり。




冷たい手



 そっとその人の手を握り、眸を伏せる。

 「アンタの手、冷たいな」

 大きな手。指の長い手。今は冷たい手。思わずその手を頬に寄せようとして、

 「いででででででで!」

 ギリギリとほっぺを抓り上げられる。

 「いひぇーな!あにすんだひょ!」

 そう訴えるククールのほっぺをマルチェロは更にぎゅむぎゅむ。

 「少しは洗いものを手伝ったらどうだ」

 BGMは水の音。背景はキッチンシンク。

 漸く解放された頬を撫でてククール、

 「えーだって手荒れるの嫌だし」

 そう口にした瞬間、「いでででででででで!」、再びほっぺをつねられる。




突然


 今がとても良いところ、物語の山場、ククールが読むミステリー小説はクライマックス。

 けれど黙々とカウチでクッションを抱えて小説の頁を捲るククールに声を掛ける者がいた。

 「ククール」

 兄だ、マルチェロだ。一度目は素無視。ククールは頁を捲る。

 そうすれば更にもう一度、「ククール」

 少々苛立った声音。ククールの返事は生返事。

 「んー?」

 今が良いところ、もう少し待ってくれ。なのに、「ククール。私が呼んだときは返事をしろ」

 そんな犬じやあるまいし。ククールの返事はやはり「んー」

 そうしてもう一ページ、ついに犯人のアリバイ崩しが始まろうとする、そのときに、

 ククールの手から小説は抜き取られた。

 「あーっ」

 見上げれば兄。たいそう不機嫌そうなお顔でククールを見下ろしている。

 「なにするんだよ」と云ったククールは、その瞬間カウチに押し倒されていた。

 「…あの」

 「黙れ」

 ククールの首筋に埋められるマルチェロの鼻梁。

 「返事をしなきゃならないんじゃなかったのかよ」

 「それはつい7秒前までの話だな」

 アンタの盛るポイントがわからねえと云うククールの首筋を噛んで、マルチェロは喉を鳴らした。




これ以上のものなどないから


 玄関の扉が開く気配がする。それから扉が閉まる微かな音。廊下の明かりが灯る。はっきりと人影。

 回るガラス戸のノブ。

 「おかえり」

 ククールは帰ってきたマルチェロに声を掛けた。

 「ああ」

 マルチェロはちらりと視線をやる。

 これ以上のものなどない、そう思っているのはどちらか。或いは。




孤独に慣れる


 北風と春の日差しが混じったような、そんな日のこと。俺は兄貴と街を歩いていた。

 兄貴は部屋に置くインテリアライトが欲しいらしい、ので物色。

 まあ部屋の雰囲気がよくなるのは大歓迎だ、それに乗じてイイ展開になれるってもんさ。

 いや、別に乗じなくても俺は男でも女でも落とせるけどね、兄貴以外は。

 そんなわけでちゃっかり付いて来た俺も街のショウウインドウに目をやる。

 そろそろ春物の新しいジャケットが欲しい、と思っていたら、俺ってラッキー。

 好みぴったりのジャケットを早速発見、ショウウインドウに近寄って値段確認。高い。

 俺は思わず兄貴を笑顔で振り返った。

 「なあこれ」

 買って、と最後まで俺は云えなかった。ついさっきまで俺の隣にいたはずの兄貴の姿がない。

 俺の笑顔は通りすがりのおっさんのハートを射抜いたようで、おっさんドキマギ。

 ちょっと面白かったので、もっかいニコっと笑って、それから先ほどまでの進行方向に向き直る。

 兄貴の背中はもう遠く。

 ちっこいガキじゃあるまいし、慌てて追いかけたりはもうしない。

 ちゃあんと追いつくって、俺わかってるもん。




頬を滑り落ちる


 身体に圧し掛かってくる体重と、くちびるに何かが押し当てられる感覚で、私は目を覚ました。

 視界は優れない。カーテン越しにも光がないということは、未だ世界が夜であることを告げていた。

 「なあ起きて」

 乾いていたくちびるに、濡れた感触。ぺろりと舐められる。

 私は仕方なく彼の後頭部へと手を回した。梳き心地の良い髪に指を差し入れる。

 そうして、「あ…っ」

 近寄りすぎの顔を一気に引き剥がした。

 私の上にうねるように広がっていた銀糸が頬を擽る。

 そのまま身体を横に向ければ、ククールはあっけなくベッドに落ちた。

 「子供の夜更かしは感心せんな」

 私は尚も顔に伸びてくるククールの指を払い、くすぐったい髪ごとククールの頭を毛布の中へと押し込んだ。




曖昧な響き


 折角の日曜日なので、最近忙しくて買ったは良いものの手をつけていなかった本を本棚から取り出し、

 私がカウチに腰掛けたときのことだった。

 背後にククールの気配、頬を擽る長い髪、巻きつけられる腕。「ねえ、あそぼ」などと云ってくる。

 私は無視を決め込み、目次を流し読み。

 するとククールは勝手に遊ぶことにしたのか、首筋にくちびるを寄せてきて、「兄貴、好き」

 そんな痕を私につける。

 私は仕方なく本を閉じた。ククールが何かの期待に顔を上げる気配がする。

 「ククール」

 「ん?」

 「それはどのような好き、だ?」

 問うとククールは眉根を寄せる。

 「…どういうことだよ?」

 「そのままの意味だ。お前の好きは、兄弟としてのものか?兄に寄せる健全なるものか?

 それとも親の愛情とすり替えているのか。同居者に対する好意なのか。

 情愛か、熱情か、劣情か、痴情か、見返りが欲しいのか、寂しさか。

 はたまた飼い主に寄せる忠誠かもしれんな。どれだ?」

 云うと、ククールは言葉を失った。それから「ええと…」と呟き、なにやら考え事を始める。

 私は改めて本を開く。日曜日はひどく穏やかに過ぎて行き、

 「俺の日曜日計画が台無しだ!」

 答えはまだ出ない午後11時43分。




何度も繰り返す謝罪


 朝食後のテーブルの上を片付けていたら、

 ふとした拍子に手を滑らせて、兄貴のマグカップを落としてしまった。

 べしゃりとまだ少し入っていたコーヒーがテーブルに零れて、がしゃんっと床に落ちて割れるマグカップ。

 しかも最悪なことに零れたコーヒーは兄貴の文庫本に染みを作っていた。

 新聞を読んでいた兄貴の顔を恐る恐るうかがうと、無表情。やばい、怒ってる。

 「ごめん」

 俺はとりあえずコーヒーから文庫本を救出。

 ティッシュで拭える染みではないけれど、一応拭いて、「ごめん…」

 それからテーブルを布巾で拭いて、床に落ちたカップの欠片に手を伸ばす。

 そこで隣に兄貴の気配。どうやら片付けるのを手伝ってくれるらしい。

 「…ごめん」

 朝の忙しいときにごめん、お気に入りの本にコーヒーの染み作ってごめんなさい。

 でも兄貴はマグカップの欠片を拾いながら、こう云った。

 「あまり動くな。欠片を踏んで足の裏を切っても知らんぞ」

 こういう時って「ありがとう」と云うべきなのに、ついつい「ごめん」と云っちまうのは、俺なりの照れ隠し。




見つからない


 休み時間には必ずいるはずの大学研究室を覗いたが、いなかった。

 おかしいなあ、まだ前の講義室にでもいるのかなと思って、他大学キャンパスをうろうろ。

 けれど講義室にも研究室と講義室を繋ぐ廊下にもいない。

 もしかしてちょっと遅めの飯でも食いに行ってるのかなと学食に足を運ぶが、

 よくよく考えれば今日は俺が愛弟弁当作ってやったんだっけ。

 顔見知りのセンセやら、チェックを入れてる女の子たちにも行方を聞いたが、みんな知らないと首を振る。

 ひでーよひでーよ、折角の休みを利用して来てやったのにさあ。

 俺はとぼとぼ半分、むかつき半分、キャンパスの一番奥まった庭をとろとろ歩く。

 そこで見つけた。芝生に寝転がってお昼寝中の彼。片腕を枕によく眠ってる。

 「夜更かしはいけないなあ、マルチェロ先生」

 そう耳に吹き込めば、夜更かしをさせたのはお前だろうと兄貴はゆっくり目を覚ます。




幾度となく思ったのに


 そこまでの必死さも悲壮感も見せないで、

 目の前のククールは乱れた髪もそのままに、明日提出の読書レポートの課題本を読んでいた。

 「今回は誰にもレポートを見せてもらわなかったのか」

 マルチェロはシャワーを浴びて濡れた髪をタオルで拭いながら問う。

 「ん。今回はちょっとお利巧さんになろうかと思って、自力でやるつもりだったんだよ。

 時間もたっぷり一週間あったしさ」

 なのにこの様。

 締め切り講義時刻まであと五時間。残り頁数は213。レポート用紙は真っ白。Wordも真っ白

 「俺の頭も真っ白」とククールが云ったので、「それはいつものことだろう」と返す。

 「いやいや、最近の俺はピンクだったね。一週間も。猫じゃあるまいし。発情期かよ、アンタ」

 「嫌なら断れば良かったのだ。私は理性ある人間なので、お前が嫌と云うなら手は出さん」

 「嘘吐き。嫌がっただろー俺」

 「あの嫌がり方は余計男を煽るだけだ」

 ぴしゃりと云われて、「知ってるよ、んなこと」、ククールは5頁ほどすっ飛ばす。

 「だいたいレポートがあるならば、そう云えば良いのだ」

 「一応頭の片隅にゃあったんだけどねえ。なんとかなるかなって思って、今に至る」

 ついでに20頁割愛。

 共犯マルチェロは「私はもう寝る」、弟を見捨てる午前4時。




素足に触れる感触


 床に仰向けごろりん、両脚はカウチに放り出して、うつらうつら。そんなククールの足に触れる手ひとつ。

 「…なに?」

 ククールは僅かに瞼をもたげて、その人を見る。

 広い背中と何処か人を寄せ付けない横顔。なのにその手は今ククールの足に触れている。

 もそもそと動いて、その背中に頬を寄せて眠るのも悪くない、そうククールが考えたときのこと、

 不意にがさり。足の下にすべすべとがさがさ50/50のものが入れられる。

 そうして何が始まるのかと思いきや、兄はククールの爪を爪きりで切り始めた。

 「…何してんだよ」

 ふぁと欠伸ひとつ。

 「爪きりだ」

 ぷちんと音ひとつ。

 「見りゃわかる」

 「では訊くな」  

 そういえばここ最近兄が弟の足の爪に脚を引掻かれたとかなんとか云っていたような気もする。

 「わざとじゃねえよ。寝てるからさ、不可抗力」

 「切らずにそのまま伸ばしているのは、お前の怠惰だろう」

 ぷちん。ぷちん。ぷちん。

 こんなところまで几帳面な爪切りのリズムを刻む兄の背を眺めながら、

 手の爪も伸ばそう、ゆっくり瞼を引き降ろす。




夜が来る前に



 「あ。いけね」

 ククールは汗に濡れる前髪を邪魔そうに掻き上げながら、呟いた。

 「今日の晩飯、何もねえ」

 だと云うのに、ククールはふたりの汗に湿ったシーツの上でもそもそ寝心地を確かめる。

 「どうしよう」

 ぽてりと寝心地の良い場所を発見したのか体を倒すククール。マルチェロはベッドから足を降ろした。

 「シャワーを浴びてくる」

 「買い物行ってくれんの?」

 背後からそんな都合の良い解釈。

 「私は外で食べて来る」

 「…俺はどうするんだよ。腰痛いんですけど」

 「歩けないわけではなかろう」

 「歩けるけど痛いからやだ。なあ、なんか出前取ってくれよ。腹減った」

 「一度徹底的にお前を躾ける必要があると思うが、とりあえず晩飯については妥協しよう」

 「わお。今日は優しいな。兄貴スキ」

 「たんに私も疲れているだけだ」

 「…なんだ。スキって云って損した。返せ。俺にスキって云ってみろ」

 ディナーメニューはいつまでも決まらず。




朝が終わるまでに


 現在午前四時。ククールはクッションを抱き、不満げにテレビを見つめていた。

 「なあ兄貴、そろそろ交代してくれよ」

 画面は「ドラゴンクエスト8」、只今トロデーン城を兄チェロは無言で探索中。

 「二時間交代の約束だったじゃねえか。もう一時間もオーバーしてるぜ、アンタ」

 なあ、なあ、なあ、と兄の服を引っ張るが、鬱陶しそうに振り払われるだけ。

 「俺ちゃんと二時間で交代しただろ」

 「このソフトもPS2も誰が買ってきたと思っているのだ」

 漸く反応してくれたと思えば、そんなこと。

 「兄貴だけど。でも俺が強請って買ってくれたやつなんだから、俺のもんだ。

 つーか話ずれてる。俺は二時間交代の約束を守れって云ってるんだ」

 「煩い。ここを攻略すれば交代してやる」

 「ぜってー嘘だろ。それ。さっきだって舟を見つけるまでだとか云ってたくせに」

 「お前だって昨日は二時間半オーバーしたではないか」

 「だってゴルドイベントだったんだもん、兄貴ハァハァって感じ」

 「くっつくな」

 「あーも〜俺眠い」

 「寝ろ」

 「やだね。もっかい兄貴セーブするんだ」

 「五つも六つもセーブを作って何を考えているのだ」

 「兄貴ハァハァだってば」

 昼からは学校なのでそれまでには交代しろよな、と云うククールは兄の背で半分夢心地。




最初で最後の


 兄貴が仕事帰りにケーキを買って来た。それをふたりでもぐもぐやりながら、

 「今日俺の誕生日だっけ」

 「……」

 もぐもぐ。外した。

 「んじゃ兄貴の誕生日とか」

 「……」

 もぐもぐ。これも違うか。

 「そいじゃ親父の命日」

 「……」

 もぐもぐ。一番当たりくさいと思ったんだけど。

 「お初記念日?はじめてキスした日とか、はじめてやった日とか。あ、これ同日か」

 「……」

 もぐもぐ。そんな人じゃないよな、アンタ。

 「わからねえ。降参します」

 ごっくん。

 兄貴は云った。

 「そういう気分の日もある」

 甘い。いや、ケーキのこと。





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