台詞集 Brothers 30

China Love
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「生まれたときから」


 行き倒れのところ、兄チェロに拾われて数ヶ月。

 俺が目覚めると、既にマルチェロは身支度を整えていた。

 「…あれ、どっか行くのか?」

 シーツのなかでもぞもぞ温かさを味わいながらそう問えば、

 普段着ではなく、まるで旅に出るような姿のマルチェロは、「旅に出る」とそのまんま。

 俺はあせあせ。思わず、「じゃあ俺も行く」とは云ったものの、未だ素っ裸で更にあせあせ。

 マルチェロは心底迷惑そうな視線を寄越した。「お前は付いて来るな、ここにいろ」と云う。

 続けて、「お前の世話は使用人たちに云っておいたので、餓死する心配はない」

 いや、そこまで俺の生活力は低くないって。失礼な奴だな。

 てかアンタがいねえと俺がこの屋敷にいる理由ないってこと、ちゃんとわかってんのかよ。

 「またどうしていきなり旅なんて出るんだよ。最近は大人しく机の上で悪巧みしてたじゃねえか」

 とりあえず昨日マルチェロに剥ぎ取られた服、もろ普段着を身に着けて、剣を探す。どこだっけ。

 「自分の目で今の世界の情勢を確かめておきたくてな。さてさて、何処に綻びがあるものやら」

 くっくっくっと笑うマルチェロは実に楽しげで、「アンタ、ほんと懲りない人だね」と云ってやった。

 すると「生まれたときからの性分だ」と云う。

 「うわ、怖い赤ん坊だな!」

 が、しかし、「お前が生まれたときからだ」と付け足され、朝っぱらからのイヤミ攻撃に撃沈。しょぼん。

 けれど、「ククール、髪くらい結べ」と俺の剣を投げて寄越すので、立ち直っちまう俺ちょろい。




「それは無理な相談です」


 旅支度ばっちりの兄と着の身着のまま普段着の弟が家を出て三時間。

 「あにき、あにき」とククールは先を行く兄を呼んだ。ちらりと振り返ってマルチェロ、

 「なんだ。もう疲れたのか。疲れたなら置いていくぞ。ちょうどいい」

 「いや、あのさあ。その、ルーラ唱えちゃダメ?家にちょっと帰りたいんだけど」

 そう云うククールは微妙にもじもじ。マルチェロは眉を顰めた。

 「ククール。お前、頭以外にもどこか悪いのではないか?」

 頭は余計だ。

 「べつに悪くはないんだけどさ。その、ほら、えーと、わかれよ!」

 「考えるのが面倒なので、云え。そちらのほうが早い」

 「いやいやいや、こんなこと云えねえよ」

 断固拒否のククールと押し問答。やがて折れたのはククールだった。

 「実はさあ」  

 耳打ちごにょごにょ。マルチェロは呆れに呆れた。その辺でしろ、と云う。

 ククールはそれも断固拒否。

 「それは無理な相談です。俺に憧れるレディのためにも」

 「誰も見ておらん」

 「やだやだやだ。ぜってぇやだ。モンスター出たらどうするんだよ」

 「倒せ」

 「無理云うな!つーか普通弟がそういうことしたら、やだろ!?兄として!」

 「お前を弟とは思っていないから私は平気だが?」

 「はっ、まさかス○トロ好きとか!?」

 そういえば小さい頃にもその辺でしろと云われた覚えがあるような、ないような。

 ともかくククールはマルチェロの手をとり、「ルーラ!ルーラ!」

 兄弟、振り出しに戻る。




「おめでとう、良かったね」



 兎角マルチェロがククールが付いてくることを良しとしないので、その理由を尋ねてみたら、

 「お前は目立つ」とのこと。

 ククールは唇を尖らせた。

 「兄貴だって充分目立つっつーの」

 「お前は目立つ上に目立とうとする」

 「なんだよ、女の子いたら口説くのが礼儀ってもんだろ」

 などとやりとりを交わしながら最初の町へ足を踏み入れた途端、パンパカパーン!

 マルチェロの頭上でくす玉が割れた。そして割れんばかりの住民たちの拍手。

 寄ってくる奇妙に派手派手しい格好の男。

 「おめでとうございます!アナタはこの町の百万人目の観光客です!」

 思わず言葉を失ったマルチェロにこの町一番のレストランのお食事券が贈呈される。

 そして「めでたいめでたい」と口々に云いながら去ってゆく住人たち。

 ふたり残された兄弟の間には微妙な空気。

 そこでククールは兄にすりすりと擦り寄った。

 「おめでとう、良かったね」

 てゆかさ、と付け加える。

 「やっぱアンタのほうが目立ってるよ。百万人目とか、ありえねー。へんなとこ運いいよな」

 「なにが良いものか。こんなことで目立ってしまって…何故お前が先を歩かなかったのだ」

 「んな…今更そういうこと云われても。えーじゃあ折角の食事券使わねえの?」

 そう云ってククールはマルチェロの手の中のお食事券・二枚を恨めしげに見つめる。

 マルチェロは「勿論」

 使えるものは使うに決まっているとその姿勢は昔と変わらず。




「なんてザマだ」


 町の宿で一晩を明かし、目覚めて朝。

 マルチェロはさっさと用意を整えて、隣のベッドで眠る弟を見やった。

 毛布をぎゅうと抱き込み、しまりのない顔ですやすやむにゃむにゃ。おまけに夜着の隙間からは腹チラ。

 「なんてザマだ」

 マルチェロは血の繋がりを即否定したくなった。




「馬鹿も休み休み言え」


 てくてくククール。てくてくマルチェロ。今日も晴天・空の下。

 けれど順調な旅路はふとした瞬間に破綻した。ぴたりと先を歩いていたククールが立ち止まる。

 地図をじっと見つめて、それからギギギと軋む音を立ててマルチェロを振り返る。

 「あにき」

 にぱりと笑顔、但しぎこちなさ含有。

 「なんだ」

 「道に迷った」

 「……」

 マルチェロは沈痛の面持ち。

 「ククール、この辺りは一度歩いたから任せておけと一時間前に云ったのは誰だったかな?」

 ククールも沈痛の面持ち。

 「俺デス」

 けれど「でもさ、見渡す限り空と木と草しかないんだぜ!?」

 見分けつかねえと云い出す始末。

 マルチェロはこれでもかと嘆息。

 「馬鹿も休み休み言え」

 それから沈黙、数分後。

 「でもさ、見渡す限り空と木と草しかないんだぜ!?見分けつかねえ」

 「お前はバカか!いや、そんなことは昔から知っていたが…」

 「あれ?なんか俺間違ったこと云った?あ、もしかして迷ったくらいから云ったほうが良かった?」

 「…本気で馬鹿も休み休み言え、私が疲れる」

 云われて沈黙ククール、それから数分後。

 「あにき、あにき」

 「…なんだ?」

 「道に迷った」

 そろそろ迷子の責任うやむやの頃。




「困ったものだな」


 旅の道のりでモンスターとエンカウントは日常茶飯事。

 兄は神をも怖れぬ元騎士団長。弟は世界を暗黒から救った勇者さま。

 最強兄弟の前に立ちはだかるものは何もない、と思いきや、

 「ベホマ…」と回復呪文を自らに唱えるククールはちょっぴりぼろぼろ。

 モンスターを一刀両断の兄は痛い痛いと連発する弟を振り返って、呆れ果てる。

 「ラプソーンが弱くて良かったな、ククール」

 お前でも勇者さまになれるくらいなのだから、大したことなかったのだろうと云われる。

 ククールは違うって!と反論した。

 「俺、普段着なんだぜ?旅人の服でさえないんだぞ。盾もねえし、アクセもねえし」

 「ほう」

 マルチェロは剣を収める。

 「それは困ったものだな」

 だからどうした?とマルチェロの目が云っているので、ククールはうぐうぐ。

 それから「…次の町で装備買ってください」と嫌々ながら頭を下げた。セニハラハカエラレナイ。

 そんな弟にマルチェロは「よかろう」と頷き、

 「元々の防御力さえ高ければ問題ないのだがな」とイヤミも勿論忘れない。




「実はね」


 宿屋の一階、ふたりで朝食をとっていると、不意に目玉焼きをつついていたククールが云った。

 「兄貴」

 スープを飲んでいたマルチェロが答える。

 「なんだ」

 「あのさあ、昔、修道院にいたころ、聖堂騎士団の家計簿?の計算合わなかったことあったろ?」

 「家計簿ではない」

 「んー、まあともかく計算合わなかっただろ?」

 「ああ、あったな」

 「あれさあ」

 ククールは目玉焼きを口の中に放り込んでもぐもぐ、ごっくん。

 「実はね、俺が酒代のツケを払うためにちょろまかしたんだ」

 沈黙・沈黙・沈黙…。

 「ではここの宿代はお前が払え」

 「ええ!?もう時効だと思って告白したのに…!しかも罰がすげえアンタの個人的罰じゃねえか」

 「誰がそのツケ代分を個人的資産から出してやったと思っているのだ」

 そう云ってマルチェロは店員を呼び止め、追加で高級コーヒーをオーダーした。





「大丈夫だよ」


 何処までも続く街道をマルチェロはすたすた歩く、ククールはだらだら歩く。

 そんなおり、小さな子供連れの母親と擦れ違った。

 きっと近くの農村の住人だろう、収穫した野菜を手に提げている。

 ククールは先を歩く兄を追いかけた。もう母子は遠い。きゅ、と兄の手を握る。

 「大丈夫だよ」

 アンタには俺がいる。




「ああ、なるほど」


 兄貴と不思議のダンジョン!

 というわけで俺たちは某村で手に入れた情報をもとに、お宝が眠るというダンジョンを訪れた。

 単純にダンジョンクリア個数は絶対俺のほうが上だと思うので、

 「任せとけよ」というわけで俺が先行、どんどん進む。

 出てくるモンスターを倒しながら、階段を登ったり、降りたり。

 で、突然俺が立ち止まったので兄貴は「どうした」と背後から声を掛けてきた。

 「なんか嫌な予感がするんだ。

 ここをあと一歩でも動くと、なにかたいへんなことが起こるような気がして」

 「ほう」

 頷いた兄貴は、次の瞬間、どんっと俺の背中を押しやがった!ありえねえ!

 そして無理矢理一歩を踏み出さされた俺は、突然パカッと開いた床から落下。

 「どえええええ!?」

 マジありえねー!

 そのまま数メートル下にどさんっ。

 俺がすごく不恰好に倒れていると、上からすたりと兄貴が降って来た。

 「ああ、なるほど」

 こういう仕組みになっていたのか、じゃねえ!

 しかもこんな可愛い弟を放っておいて、目の前の宝箱を開けに行くんじゃない!

 ね、ちょっと、ホイミでいいから掛けてくれ。




「まだ分からないのか?」


 私は随分と待ちぼうけを食らっている。木陰で、いつまで経っても沸かない茶を待っている。

 ククールは先程から「メラ、メラ、メラ」とぶつくさ呟いているが、薪に火が灯る気配は一向にない。

 おかげで茶が沸かない。私は待ちぼうけを食らっている。

 ククールがメラの呪文を覚えたいと云うので、教えてやったのだが、この始末。

 暫くは暴発でもしたら困るのでククールの様子を一応は見張っていたが、

 暴発どころか火花も散らぬ様なので、私は目を瞑る。やれやれ。

 その後また少しして、ククールが「兄貴」と呼んだので、目を閉じたまま「なんだ」と応えた。

 「もう一回だけ教えてくれ」

 「もう五度目だぞ」

 お前のもう一回は何度あるのだ。私は嘆息した。

 「まだ分らないのか?」

 ククールも溜息をつく。

 「理論としては分ってるんだけど、実践できねえんだ」

 私は仕方なくもう一度子供でもわかるようにメラの理論と実践方法を教えてやった。

 ククールもふんふんとよく頷いているのだが、いざやってみると、

 「メラ」と云いながら、何故かバギを発動する。

 「あれ。ああくそ、なんでだよ」とまたぶつくさ、それでもメラを唱えることは忘れない。

 私は再び木の幹に背を預け、茶が沸くのを待つことにした。

 もしかしたら魔術の素地はそれぞれ母親から受け継いだのかもしれない。そんなことを考えながら。




「そんな日もあった」


 「あにき」

 「なんだ」

 「俺のことすき?」

 「いいや」

 「あいしてるとか」
 
 「まったく」

 「情くらいはある?」

 「これっぽっちも」

 「じゃあきらい?」

 「うっとうしい」

 「にくんでる?」

 「呆れている」

 「俺なんか生まれてこなきゃ良かったとおもってる?」

 「そんな日もあった」

 「仕方のない人だね、アンタ」

 ククールは笑った。




「私もうれしい」


 街道分岐点にある中都市。ふたりは昼食を取りつつ、テーブルに広げた地図を眺めてあれやこれや。

 と云っても喋っているのは主にククール。地図の道を指で辿りながら、

 「こっちに行ったら、武器とか道具とか、あと酒の品揃えがいい街だよなあ」

 その分とっても騒がしい大都市。

 「んで、こっちは昔からの文化都市?ってやつ…か」

 ククールはあまり後者に興味がないのか、指で辿ることもない。

 「兄貴はどっち行きたい?いつもみたいに特に希望ないなら」

 そこで今まで黙っていたマルチェロが口を開く。

 「私はこちらのほうが良いな」

 そう云ってとんとんと指で指し示したのは、後者。ククールはがっくり。

 「やっぱり、ね。絶対今回はそう云うと思ったんだよ」

 「嫌なのか?」

 「べつに。ただ最近こっちみたいに夜でも遊べる街に行ってねえなあって」

 まあいいさ、とククールは広げた地図を折りたたんだ。

 「兄貴が行きたいとこ、行こう」

 マルチェロはその言葉にゆっくりと頷く。

 「ああ、そうしてくれると、私もうれしい」




「ありがとう、ごめんなさい」



 狭くて細い山の道。深い谷、切り立った崖。

 そんなところもククールはひょいひょいと歩いてゆく。

 なんの余裕だか知らないがぺらぺらお喋りも忘れない。

 「そんでさ」

 「そのときさ」

 「まったくまいっちまったぜ、あんときは」

 そんなククールに参っているのはマルチェロ。

 いい加減煩くなって、黙らせようと背後の弟を振り返ったその時、

 「わわっ!?」

 ククールの足許がタイミングよく崩れた。

 思わず手を差し出して、ぐいと落ちてゆくククールを自分に引き寄せてからマルチェロ、

 「…しまった。落としておけば静かになったのに」

 一方マルチェロの腕の中でさすがのククールもドキドキぞくぞく。

 谷底に落ちていった岩の欠片の音はまだ聞こえない。

 マルチェロはお小言。

 「ククール。時と場を考えて行動しろ。お前は集中力がないからこんなことになるのだ」

 ごもっとも。でも役得とマルチェロの腕の中、ククールはぎゅっと身体を寄せてみた。

 「ありがとう、ごめんなさい」

 マルチェロの溜息がククールの前髪を微かに揺らす。




「何ですと?」


 ふたりで酒場、並んで黙って安酒を煽ってみたりして。

 すると明らかに客商売してるんだろうなあというオネエサマたちが向こうでひそひそ。

 もてる男は辛いなあ、なんて俺が思っていると、一人のオネエサンがこちらへやって来る。

 「ねえ、今夜何処に泊まるのか決めてるの?」なんて、積極的なお言葉。

 俺はにっこり彼女を振り仰いで、「ごめん、連れがいるから」

 が、その言葉は途中切れ。オネエサンはなんてことだ、俺は素通りスタスタスタ。

 更になんてこった、兄貴の隣に今にも座りそう。

 「何ですと?」

 俺は思わず呟いた。

 「アンタならただでいいよぅ」と勝手に俺の兄貴にしなだれかかんないでくれるかな、レディ。

 なのに兄貴はこの状況下、さあてどうする?と俺に余裕の視線。

 俺は立ち上がり、がばちょと兄貴に抱きついた。

 「ダメ、これは俺の」

 十年以上前から俺のもんで、最近俺だけのものになったんだから、横恋慕やめてくれる?




「もういいんです」


 街並みがきれいなその街の、小さな教会。

 並べられた木造の長椅子。その最後列にククールは腰を下ろし、祭壇を眺めていた。

 そこへきれいなシスター一人。

 「何かご用事でも?」

 ふたりきりの教会にシスターの美しくやわらかい声が響く。

 「いいえ」

 ククールは首を振った。

 「連れがこの街にいる知り合いに会って来るって云うから、ここで待たせてもらってるんだ」

 悪いね、とククールが云うと、シスターは微笑。

 「お祈りはなさるのですか?」

 その言葉にククールは眸を細めた。いいえ、ともう一度首を振る。

 教会の重い扉が開く音がする。

 「もういいんです」

 光が差し込む。

 「もういいんです」

 ククールはゆっくりと繰り返した。

 神さま、ごめんなさい。

 全てを失い、それでも生きることを選んでくれた。俺は何よりも誰よりも、そのことを彼に感謝したいのです。

 「ククール」

 そう呼ぶ声にククールは立ち上がる。




「それは嘘だね」


 なんだかよくわかんねえけど、いきなり兄貴がものすごい笑顔で、

 「ククール、好きだ、愛している、お前を独り占めしたいのだ」と云い出した。

 ありえねえ。マジですか。いやいやありえねえ。やん、兄貴ったら!はっ、騙されるな、俺!

 なんて俺が一人悶々と考えていると、何故だか兄貴がやさしく俺を抱きしめて、

 「ククール、お前はなんて可愛いのだろうな、昔からお前のことが好きだった」と囁いた。

 嗚呼、ひどい。なんでそういう台詞云っちゃうかな。もうちょっと浸らせてくれてもいいだろ。

 俺は兄貴の腕の中で溜息。

 「それは嘘だね」

 そこで意識が覚醒。目を開けると、兄貴が雑魚モンスターにメラゾーマを唱えていた。

 いつでも全力投球なアンタが好き。

 戦闘後、「ククール!」

 お怒り兄貴 。

 「へいへい」

 お説教にはもう慣れた。

 「ラリホーごときで寝るとは、弱いにも程がある」

 「だって睡眠不足なんだもん」

 夢の中ではあんなに優しかったのに、現実なんてこんなもんさ。

 でも試しに、「あにき、俺のこと好き?」

 そう云ったらサーベルの柄で額をいきなり殴られた。

 挙句「お前のことを好きな私など偽者に決まっている」なんて云う。

 うーん、へんなところでへんな以心伝心。




「元気出そうよ」


 とある町の風貌怪しい占い師の許に赴いた兄弟。

 占いなんて全く信用していないだろう兄を無理矢理小屋の中に押し込んで、外で待つこと少し。

 小屋から出てきたマルチェロがやたらと不機嫌だったので、ククールは慌ててご機嫌取りに走ってみた。

 「なんか云われたの?」

 黙々と小屋から遠ざかろうとする兄の背を追いかけて弟。マルチェロは「ああ」と頷いた。

 「なに?なにかいやなこと云われたの?」

 その問いにも、「ああ」

 「でもさ、所詮占いなんだし」

 そんな励ましにも、「ああ」

 若干肩を落とし気味の兄の背をククールはぽんと叩いた。

 「元気だそうよ」

 「…ククール。今の占い師になんと云われたか、わかるか?」

 「いや、俺は占い師じゃねえからわかんねえけど」

 云うと、マルチェロは立ち止まってククールを見下ろした。

 「要約すると、バカな弟がいるだろう、と云われた。怖ろしいことに当たっている」

 「…オィ」

 「そしてしばらくそのバカの面倒を見なければならないとも云われた。怖ろしい」

 「こら、待て」

 「最後までそのバカを見捨てなければ良いことがあるとも云われたが」

 はあと溜息はわざとらしくマルチェロ。

 「私とて偶には落ち込みたいのだよ、ククール」




「どうしようもないことさ」


 うらぶれ街の落ちぶれ路地。何かが腐った臭い。ドブの色。

 腹をすかして死にそうな奴ら。物乞いをするじーさん。死人一歩手前の目は不景気そのもの。

 俺たちはそんな光景を廃墟の建物、その屋上からじっと眺める。

 「どうしようもないことさ」と俺は云うけど、アンタは云わない。

 アンタは黙って考える、さてこの惨状、どうにかできないものかってね。

 やめときなよ。アンタにはできないよ。だって俺一人幸せにできてないじゃないか。

 そういうこと考えるの、俺を幸せにしてくれてからでもいいんじゃないの。

 なんて云えずに、兄貴の隣でうらぶれ街の落ちぶれ路地を見下ろす俺はアホだ。

 ほんとこれこそ、どうしようもない。

 こんなどうしようもない兄の、そのどうしようもないところが、どうしようもなく好きなんだから、

 「お前はどうしようもないな」とマルチェロは俺を見て、意地悪げに微笑した。




「帰りたい」


 久々にどうしても酒が呑みたいとククールが云ったので、酒場の戸を押してふたり。

 ハイペースにぺろりとボトルを二本開けてしまった弟はそれでも素面の顔つきで、店の女性をナンパ中。

 得意の話術と微笑で落とした女に「一人なの?」と訊かれて、

 「ううん。兄貴と一緒」とひとり静かに酒を飲むマルチェロを視線で示す。

 「おにいさんと一緒なのにあたしをひっかけてるの」と女はくすくすと笑ったが、

 「あ、だいじょうぶ。三人で、とか云わねえから」

 やるなら俺は兄貴とふたりっきりでやりたいんだよね。そう云ってククールはにっこり。

 思わずグラスを取り落としかけたマルチェロは、店中の視線を浴びて居た堪れない。

 嗚呼、「帰りたい」

 もしかしたら酔っているのかもしれない弟に兄が溜息を吐くと、

 「あ、そいじゃ帰って、やる?」

 擦り寄ってくるククールを一発殴って、強制退場。




「邪魔するな!」


 やって来ましたベルガラック。

 カジノでポーカーに興じているのはククールでなく、マルチェロ。

 ククールはコイン山積みの兄の横でオロオロ。

 「あにき、あのさ、ちょっとこれは絶対賭け過ぎだって。しかもカードあんまり良くないぜ…?」

 「ふん。この私が負けるとでも思っているのか?」

 更にコインを賭けてマルチェロ、結果は周囲がどよめくほどのコインの波。

 マルチェロが「ふふふ」とむやみやたらにディーラーを挑発するものだから、ククールは冷や汗。

 「あにき。もうやめとこうぜ。何時間やりゃ気が済むんだよ」

 ていうか折角奮発していい部屋を取ったのに、夜はどんどんと更けていく、あう。が本音。

 「なあ、あにき。あにきってば」

 ククールが絶好調兄の袖を引く。が、

 「邪魔するな!」

 一喝。

 「さて、もう一勝負するかね?どうやら私の運はまだ尽きてはいないらしい」

 そう云ってマルチェロは手元のカードにキスを落とした。




「しっかりしてください」


 森の中を歩いていた。次の街までの近道。そこでやたらと強いモンスターに出会った。

 俺はいちいちモンスターの名前なんて覚えちゃいないけど、マルチェロは舌打ちをした。

 それで、ああきっとこのモンスター強いんだろうな、と解かった。

 剣を引き抜く。だけどこんな森の中では長い獲物は不利なだけ。

 魔法も同じく、へたすりゃ兄貴なんて森林火災の放火魔とかになっちまうぜ。

 とりあずひょいひょいとモンスターがやたらめったら振り回す右腕を避けていて、気付いた。

 左腕が俺のこめかみのすぐ横に迫っていることに。顔だけはやめてくれと思ったが、遅い。

 べちこーんと俺は思いっきりモンスターなんかのビンタを食らって、木の幹に叩きつけられる。

 兄貴はと云うと、そんな俺を気にする様子もなく、

 やはり同じく殴りかかってきたモンスターの腕に何処に隠し持っていたのか短剣を突き立てた。

 一瞬動きを止めるモンスター。怒りに任せて腕を大きく振り上げて、そこでお終い。

 がら空き懐に飛び込んだマルチェロの剣がモンスターの胸を深々と貫いていた。

 で、漸く兄貴が木の幹に背中を預けたまま座り込む俺を振り返る。

 そして珍しく回復魔法を唱えてくれる、その口で「しっかりしてください、勇者殿」

 ニヤリ微笑む。

 ほんと性格悪いよ、この人は。




「それくらい言えるだろ!?」


 今日はなんとvsモンスターで兄貴がピンチ。

 するりと腕をモンスターの触手に取られて僅かに嫌悪を眉間に表した兄の許へ駆けつけ弟、

 ざんっ!とレイピアで触手を薙ぎ払う。

 間を置かず兄の攻撃、メラゾーマ。

 燃え上がるモンスターを見やりながら、ククールは剣を鞘に収めた。

 「珍しいな、アンタが隙を見せるなんて」

 兄は衣服についた埃を払う。

 「煩い」

 何か嫌な思い出でもあるのかな、と思いつつククールはその話は放り出し、「なあ、ちょっと」

 「なんだ」

 兄はご機嫌斜め。

 そんな我侭は付き合わずに「忘れてること、あるよ」とククールは兄を見た。

 マルチェロは解からないという顔をする。ククールは溜息。

 「助けてくれてありがとう、って言えねえの?」

 言われてマルチェロはすたすたと歩き出す。

 背後ではククールの諦め声での、「それくらい言えるだろ!?」

 諦めているのがミソのミソ。きっと口許は笑っているに違いない。

 助けてくれてありがとうなんて、言えるものならあの時に言っている。




「いや、実はそろそろ限界」



 夜、マルチェロはベッドの上、正確には自身の下肢に気配を感じて目を覚ました。

 「ククール」

 寝起きなので不機嫌、寝起きでなくとも不機嫌。

 ククールは暗闇の中、月明かりににへらと微笑む。

 「なあ、しねえ?」

 そう云ってキスをしたいのか顔を寄せてくる弟をマルチェロは手で制す。

 「しない」

 いったいお前は何を考えている、と叱ったら、ククールはマルチェロの腹に跨り唇を尖らせた。

 「俺だって一人で処理しようとは思ったんだぜ?」

 でもさあと続ける。

 「トイレとか風呂とかでやっても、アンタ昔から俺がそういうことしてるのにやたら勘付くから。

 それに旅に出てから全然してないし」

 云われて「…わかった」とマルチェロは頷いた。ククールの顔が輝く。

 「え、ほんと!?」

 「ああ。お前の云いたいことは解かった。だが明日は出発が早い。今夜はダメだ」

 そう云ってマルチェロがククールを床に落とそうとするが、ククールの手はマルチェロの下腹部を弄り出す。

 挙句腰をわざとくねらせて見せる始末。

 「ククール」

 咎める意味でその名を呼ぶ。

 が、「いや、実はそろそろ限界」

 こんなときだけ真剣な眸になる弟にマルチェロは呆れ半分。

 「とりあえず上下を交代してもらおうか」

 胸の疼き半分。




「うわー、フォローできない…」


 兄貴と喧嘩をした。大概何を云われても本気で怒らない俺ではあるが、今回はほんと頭きたね。

 そんなわけで俺のほうからこの一日半兄貴を無視してやっている。偶にはご機嫌伺いしてみやがれ。

 そう思いながらてくてく旅路、今日は俺が先行中。付かず離れず後ろには兄貴。

 離れ過ぎないのが俺のやさしいところ、アンタちゃんとわかってる?

 「ククール」

 今日何度目か名前を呼ばれる。でもそれくらいのことじゃ振り向いてやらねえよ。

 「ククール」

 ちょっと懐柔しようと優しい声出しても無駄、嘘がまるわかり。

 「ククール。規約違反のあまりの多さに修道院を追い出されたククール」

 ちょっと待て。

 「ククール。結局攻撃にも回復にも補助魔法にも特化できなかったククール」

 オィ。

 「ククール。結局タンバリン係りだったククール」

 あのな!

 「おいククール。聴いているのかククール。防御の装備一式を真っ先に揃えてもらったククール」

 「うわー、フォローできない…」

 俺は振り返るどころか、その場に思わずしゃがみこむ。

 そんな俺に追いつてきて兄貴、「私もフォローできない」

 そんな嘘くさい気の毒そうな顔をしてトドメを刺すな、と兄貴のむかつく顔を見上げたら、

 「私の勝ちだな」

 いや、ちょっと、勝ちってなんだ。兄弟喧嘩は勝ち負けじゃないだろう。




「どうしてそんな哀しいことを言う」


 世界に絶望して、投身自殺を試みる男がいた。

 ククールはどうして飛び降りるときには靴を脱ぐのだろうと眺めていたし、

 マルチェロはこの高さからではいまいち死ねないのではないだろうかと考える。

 それからどちらも目の前の自殺男を止める気がないことに気が付いて、黙ってじゃんけん。

 ククールがパアで、マルチェロがグー。

 なんとなくお互いの性格を表しているような気がするとククールが云うと、

 お前の場合は頭の程度だろうと実に面倒くさげにマルチェロは自殺男に声を掛けた。

 「今にも自殺しそうなそこの人。本当に死ぬつもりなら、もっと高いところがお勧めだ。

 もしもそんな中途半端な高さと同じように中途半端な気持ちならば、よしておけ」

 しかし自殺男は「オレなんざぁ死んだほうがいいんですよぉ」を繰り返す。

 家族にも女にも見捨てられ、金もないし夢もない、世界に希望なんてありゃしません。

 死にます、このまま逝かしてください、誰もオレのことなんて必要ないんです。

 するとマルチェロは云った。

 「どうしてそんな哀しいことを言う」

 それから自殺男がどうしたかは兄弟は知らない、そも興味がない。

 けれどククールは随分と年月が流れたその後に少しだけ目を細めてこう云った。

 「そうだよ。あのとき俺は哀しかったんだ。それが哀しいことだと解かってくれて、今はうれしい」




「だから私は幸せだ」


 今日はククールが井戸に落ちた。そういえば昨日はドブにはまっていた。

 明日は川で溺れるのではないだろうか。

 「だから私は幸せだ」

 少なくともこのバカよりはと、くもの巣に顔面から突っ込んで騒いでいる弟を見た。

 「…アンタ、昔から俺が不幸だとすげえ嬉しそうにするよな」




「勝手にしやがれ」


 某国公文書図書館の奥の奥。

 一般人は入り込むことが出来ないそこでマルチェロは機密文に目を通していた。

 手引きをしたのはここの職員、マルチェロの知り合いのその下っ端。

 ククールは本棚からテーブルへと向かう兄の背を追う。

 「なあ。いったいそれを読むには何時間くらい掛かるんでしょうね、おにいさま」

 「何時間というほどではない。ほんの小一時間だ」

 椅子に座り、早速機密文を捲り始めるマルチェロ。ククールは不平不満。

 「その間俺はどうするんだよ。一時間も。こんなとこで」

 「お前も好きなものを読めばいい」とマルチェロは云うが、辺りを見回してククールは溜息を吐いた。

 「全然興味なさそうなんですけど」

 だがそんな呟きに、もうマルチェロは答えてもくれなかった。黙々と文字を目で追っている。

 「なあちょっと」

 「なあ聞いてる?」 

 「なあ、おい」

 「おいってば」

 ククールが何度話しかけても無駄。顔を上げてもくれない。

 いい加減バカバカしくなって、「勝手にしやがれ」

 ククールは図書館出口へと向かった。しかし、

 「ククール」

 呼び止められて振り返る。兄は自分の隣の席を指差していた。

 「ほんの少しくらい待てるだろう?」

 「十年以上はもう無理だけどな」

 ククールは苦笑した。




「忘れない」



 魔法の小瓶には飲めば一切の記憶を失う魔法のお薬。

 兄弟は朝の喧騒の飯屋で、テーブルに置かれた小瓶を見つめる。

 「本当に忘れるのかな?」

 ククールは小瓶に手を伸ばし、中身を軽く振ってみる。耳を澄ませば僅かに水音。

 「さあな。飲んでみなければ解からないことだ」

 マルチェロはコーヒーを口に運んだ。

 「ふーん。じゃあ飲んでみようか」

 ククールのくちびるがにやりと攣り上がる。

 マルチェロは面倒げに応えた。

 「今よりバカになってどうする」

 「いいじゃん。試してみようぜ?それに俺が何もかも本当に忘れるなら、アンタ好都合だろ?」

 いつも纏わり付いて来て邪魔だと云ってるじゃないか。

 俺がアンタのことを忘れたら、もう追っかけることもしないだろうし。

 「でもね」

 ククールは瓶の蓋を抜く。空気が抜ける音がした。

 「忘れない」

 ククールは笑った。

 「俺、たぶんアンタのことだけは絶対忘れないと思うぜ?」

 マルチェロはカップを置く。そして少しだけ嘲笑った。

 「その顔の付属品の頭でか?」

 ククールはそうともと自信たっぷりに微笑む。

 「俺、アンタのこと愛してるもん」

 瓶の小口がククールのくちびるに触れる。

 マルチェロは黙ってその様子を眺めた。が、液体がククールに流れ込むその寸前、「よせ」

 マルチェロの手はククールへと伸ばされた。




「そんなものに」


 朝からククールが壁に頬を押し付けて、宿備え付けのクローゼットと壁の間を必死に見ている。

 「早く用意をしろ。出発するぞ」とまだ髪も結べていないククールに云ったが、

 「ちょっと待って。ピアスがあそこに落ちてるんだ」と、お前は諦めが悪すぎる。

 「いくら眺めても取れんものは取れん」

 「…クローゼット動かしたら取れるかもしれねえ」

 そのクローゼットを動かすにはベッドを動かさねばならんことに気付いているのか、お前は。

 「そんなものに」と私は嘆息したが、しかしククールはまだ「でも」と口答えをする。

 「昔からずっとつけてたやつだし」

 「お前は物に執着する性格ではないだろう」

 「まあそうだけど。やっぱ愛着はあるわけよ。昔からあるものって捨てれないってやつ」

 とククールが意味有りげに私を見るので、私は大きく頷いた。

 「例えば、弟などか?」

 「違うっつーの。兄だよ、兄。いやでもアンタ、俺に愛着が!?いやまいったね、でへへへへ」

 よし、話は確実に逸れている。

 「ククール」

 「あん?」

 「新しいピアスを買ってやるから、あれは諦めろ」

 今度は口答えなし。

 「行くぞ」と云うと、ククールは大人しく付いて来た

 ***

 「兄貴!俺にスライムピアスはぜってぇ似合わないって!なあちょっと、なあなあなあ!」

 「そんなことはない。可愛いぞ」

 「えっ…そ…そう?」

 まぬけで、とは心の中で付け足した。




「側にいて欲しい」


 日差しはやわらかかった。風は吹き抜けていった。空は青く、桃色の花が大地で揺れている。

 マルチェロはククールを見つめた。その眸深く映るのは、ただ一人、弟の姿だけ。

 「側にいて欲しい」

 マルチェロはそう告げた。

 そしてただ沈黙が訪れる。先に口を開いたのはククールだった。

 「買出し前に云われても全然嬉しくない!明らかに荷物持ち人員じゃねえか!」

 明日は食料背負って山越え予定。





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