和洋折衷 Brothers 26

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アブダクト、されてみませんか?


 五限目は取っている講義もないのに帰らずキャンパスのベンチでぼけっと過ごして、

 その後ぶらぶら大学図書館、分厚い本は読んでる振り。

 それでも図書館閉館時刻は容赦なくやって来て、俺はやれやれと正門を目指した。

 その正門には、「……」

 俺の不機嫌の元が待っていた。

 無視してすたすた。後から追ってくるぞ、こつこつこつ。追ってくるならもっと早く歩けよ、バカ。

 「ククール」と呼ばれるが無視。

 「云っておくけど、今回は全面的にアンタが悪いんだからな」

 俺のほうが先約だったのに、一ヶ月前からわざわざ手帳に書き込んでやったのに、

 「昨日飯食いに行く約束、すっぽかしやがって。しかも連絡もなし。呆れてモノも云えねえよ」

 「その割にはぺらぺら喋っているがな」

 うるさい、バカ、アホ、死んじまえ、いやこれは嘘。

 「ククール」

 「なに。なんだよ。俺怒ってんだからな」と俺が云っているにも関わらず、

 「私は腹が減った」って、どういうこと、そこはまず謝罪の言葉が来るところだろ。

 「はあ?そんなの知らねえよ」

 すたすた歩く、その背に声。

 「行かないのか?」

 「何処に…?」

 嗚呼いやだ、勝手に歩調が緩む俺の身体のこのシステム。

 「夕食に」

 だってそれ昨日だろ。アンタ来なかっただろ。仕事なら仕事って連絡してくれてもいいだろ。

 けれど、もう一度、

 「行かないのか?」

 ずりぃね、ほんとずるい。反転、兄の後を追う。

 「…云っておくけど俺怒ってんだからな」と一応主張してみた俺を兄はくっくっくっと笑った。




ベターな人生じゃ物足りない


 つい先程までそれはもう長い長いお説教を食らい、自室謹慎となったククールが、

 「ククール!」という兄の声にキッチンへと呼び戻されたのはお説教終了から三分後。

 「俺、謹慎処分なんじゃないんですかね」と云いつつ足を踏み入れたキッチンは香ばしい…、

 「…すぎねえ?このにおい」

 そう云うと、兄はお説教時より十倍増しの禍々しい顔つきで振り返った。

 「お前に説教していた間に鍋を焦がしてしまったのだ」

 「え…珍し…あ、いや、その…お…お気の毒さまです…」

 もごもごククール。

 そんなククールに迫ってマルチェロ、「どうしてくれるのだ」

 「お…俺のせいかよ!?」

 「お前が連絡も寄越さず夜遊びに耽り、挙句終電を逃したから迎えに来いと云うから悪いのだ」

 「迎えに来てって云ったのは五日前で、その説教は四日前にしたからもういいだろ」

 「いいわけあるか、バカ者が。お前がアホなせいで私は説教せねばならんのだぞ!」

 「でもっ、鍋のこと忘れてぎゃーぎゃー説教したのはアンタじゃないか!

 俺べつに鍋を焦がすほど説教してくれなんて頼んでませーん」

 「説教せざるを得ない状況を作っているのはお前だ!よって今日の夕飯はなしだ!」

 そしてハアと溜息マルチェロ。焦げた鍋を見やって、またハア…。

 ちょっと考えたククールはそんな兄の背中を引っ張った。

 「ね、ごめん」

 もう一度ハア。




まるで間抜けなクレイヴァーパーソン



 「なああにき」

 「なんだ」

 「俺、すごくいいこと思いついたんだけどさ」

 「ほう。まあ云うだけなら云ってみろ」

 「兄貴の部屋にでっかいベッド買ってさ、俺の部屋を兄貴の仕事部屋にしたらいいと思うんだ」

 「なるほど」

 「俺、べつに自分の部屋ですることねえし」

 「勉強しろ、勉強」

 「ねー。いいじゃん。そうしよー。効率的床面積の使い方だろ?」

 ***

 「…あにき」

 「なんだ」

 「俺やっぱふたりには別々の部屋が必要だと思うんだ…」

 「ほう」

 「…ね…寝不足と…貧血でふらふらなんですけど…俺…。…すごいんだもん、あにき」




ディスペアーから抜け出せ!


 街の小さなレンタルビデオ・DVD屋。見たかった新作映画は全て貸し出し中につき、落胆ククール。

 何処かの誰かさんたちは、いったいいつ返却するのだろう?明日、明後日、明々後日?

 明日も遠回りだけどレンタル屋に行ってみようかな、なんて考えながら夕食を作っていると、

 玄関で鍵の音、廊下で足音、リビングへ続く戸の開く音。

 そしてククールの手元を覗き込んだマルチェロに、「えっちー」と云ったら、がつんと来た。

 気を取り直してククール、「今日は、鍋だぜ、鍋」

 「手抜き料理なのに威張るな」

 「ひでー」

 そんなククールに、「…どうした?」とマルチェロ。ククールは首を傾げる。

 「なにが」

 マルチェロは答える。

 「何かが、だ」

 「はあ?わっかんね」

 「わからんならいい。どうせ大したことでもあるまい」

 そんなやり取りを経て、ふたりで鍋をつつく。やがて鍋の底が見える頃、ククールはふと思い出した。

 「今日さ」

 はふはふ。

 「新作のあれ、借りようと思ったらレンタル屋で全部貸し出し中だったんだぜー」

 はふはふ。

 ほら、「やはり大したことではなかったな」、マルチェロが呟く。

 ククールは問う。

 「なにが」

 マルチェロは答える。

 「何かが」

 ククールは笑った。

 「へんなの」

 「うるさい」




アースリーパラダイスは幻想だった?


 マルチェロが身体の中から抜かれるのを感じて、

 ククールはそのままうつ伏せに寝台へと身体をぱたりと倒した。

 「はあ、満足」

 ついでに背中に接吻けでも降って来ないかと待ってみる。

 けれど降ってきたのは、「おい、寝るな」

 「…寝ねえよ。今浸ってんの」

 おまけに、「早くどけ。お前が暴れるせいでシーツがぐしゃぐしゃだ。寝れたもんではない」

 実力行使で追い出そうとまでする始末。

 「俺だけのせいにすんなよ」

 ククールは枕を抱いて抵抗を試みるが、「手間を掛けさせるな」とシーツごと引っぺがされる。

 ベッドから床にドタン、ごろごろごろ。ククールは打ち所が悪かったこめかみを撫でながら、嘆いた。

 「さっきまであんなにやさしかったのに」




シタゴコロと笑顔のフェイヴァー


 あのね、アンタ、ちゃんと俺の話聞いてたの?

 夜八時頃、仕事から帰宅したマルチェロはリビングのテーブルでレポートを書いていた俺の頭を

 いつものように適当に撫でるというか手を置くという表現のほうが正しいような、それをした後、

 珍しく「ククール」と呼んだので、俺は「なに?」と視線を上げた。

 すると、なんてことだ。嗚呼、神さま、どうか助けてください。

 明日からレポートはもっと早くに書きます、ギリギリ提出で先生を困らせたりしません。

 と思わず祈りたくなる事態が俺の目の前で起こっていた。

 マルチェロが、あの兄貴が俺に笑い掛けている。

 にっこりとか微笑とかそういった類じゃなくて、大胆不敵、俺メロメロ、そんな笑み。

 「な…なんだよ。不気味なんだよ。よからぬことでも企んでるんじゃないだろうな」

 そう云って牽制すると、マルチェロはああそうだと尊大に頷いた。

 「よからぬことを企んでいる」って。

 「ククール。今晩付き合え」って!

 あのね、俺今日はレポートで切羽詰ってんだって今朝云っただろ。俺の話聞いてた?

 「勿論、聴いていた」

 マルチェロは変わらぬ笑みで俺の手をとる。

 そうして、「今晩、付き合え」と手の甲に接吻けを落とされれば、落ちない人間は絶対いないね。

 前言撤回、神さま、俺レポート遅れて提出するんで救ってくれなくていいや。




そうでもなかったジェネレーションギャップ


 「なんつーか、意外なんだよね」とククールは枕に肘枕。

 マルチェロはノートパソコンの電源オフ、ベッドに近寄る。

 「なにがだ」

 「んー?や、なんかこういうことって普通男同士、しかも兄弟ではしないだろうし」

 「そうだな」

 「俺は別にかまわないんだけど、兄貴がオッケーてのが意外」

 「何故だ?」

 マルチェロの手がククールの衣服の隙間に伸びる。

 ククールは身体を捩った。マルチェロの手が侵入しやすいように。

 「年寄りは保守的だから」

 瞬間、「…あっん」

 乳首を思いっきり抓られた。

 「もー。乱暴にすんなよ」

 ククールは近付いてきたマルチェロの目を睨む。マルチェロはそのようなククールに接吻けた。

 「その割には、感じたのだろう?」




とりあえずハーフで


 兄貴が教える大学の、兄貴の研究室で、兄貴の仕事終わりを待ちながら、

 兄貴が入れてくれなかったので自分で入れたお茶をずずずと啜っていたら、

 兄貴のたぶん同僚のセンセがやって来て驚いた。

 見かけない学生だが誰かと尋ねられたので、「ここの学生じゃないんで」と俺が答えれば、

 デスクで専門書片手に何かを書いていた兄貴が漸く手を止めて、「弟だ」と口を挟む。

 そのセンセはほうほうと俺を見て、兄貴を見やって、うんうんと頷いた。全然似てないね、と云う。

 とりあえず半分だけ兄弟なんでということを俺と兄貴が同時に口にした所為だろう、センセは大笑いした。

 中身はそっくりだ、だってさ、兄貴。

 どーしてそんな嫌な顔すんだよ。拗ねるよ、俺。




手持ちぶさたのインアビリティー


 ククールの前にはマルチェロ。マルチェロの前にはノートパソコン。

 時計の針はもうすぐ午前三時半を指し示す。

 ククールが飲むココアはもうぬるい、きっとマルチェロのコーヒーもぬるい。

 お湯でも沸かそうとククールが眠気半分の身体を椅子から立ち上がらせると、マルチェロが呟いた。

 「まだ寝ないのか」

 ククールは曖昧な、「んー」

 マルチェロは徹夜でお仕事。ククールはただの暇人、大学も明日はお休み。

 しゅんしゅんとお湯が沸く。熱いコーヒーはマルチェロに、ククールはココア。

 「眠くなるぞ」とマルチェロはココアのことを云っているらしい。

 ククールは「んー」と答えながらも、ココアを一口。

 そうして午前四時。

 「…いい加減寝ろ」

 けれどマルチェロは徹夜仕事。ククールは暇人。

 しかもマルチェロの仕事なんてククールにはさっぱり、何のことやら。

 「…いい。起きてる」

 せめてそれくらいしたい。




なんてジャストタイミング


 トーストが香ばしく焼け上がる時間。コーヒーメーカーがこぽこぽ。

 フライパンに流し込んだ卵はふんわりふっくら。

 マルチェロがその卵を皿に移そうと振り返った先には、

 「おにゃかすいた…」

 だらしなく着たパジャマの上から毛布を被った寝起きのククール。




思い出すのはケトルの蒸気


 夕暮れの冬の街。息を吐くと白く曇る。

 マルチェロは口許を覆うマフラーを少しだけ上げ、なんとなく思い出すのはキッチン。

 しゅんしゅんと沸くやかん。ココアたっぷりのマグカップ。

 そしてさみぃなあとストーブの点いたキッチンでぷちぷち文句の弟。

 偶には熱く甘ったるいココアもいい。

 そう思ったら、ココアを飲むククールがくしゃみをした。




照らすランプは左手に


 それはある夜のこと、突然世界は真っ暗闇。大停電だ、どうしよう。

 ククールは手探りに懐中電灯を探し当て、家の中にいるはずの兄を呼んだ。

 「兄貴、無事ー?何処だー?」

 すると意外にも近くから声。

 「停電程度でいちいち騒ぐな」

 「どわっ」

 懐中電灯で横を照らせばマルチェロ。どうやら兄も懐中電灯を取りに来たらしい。

 「すぐに復旧するかな?」

 とりあえず懐中電灯で足元を照らしながらリビングへ。

 「さあな。そんな長くは掛からんとは思うが」

 その考えは甘かった。

 がたがたがた。

 「兄貴…なんか寒いんですけど」

 床に三角座りククールは縮みこむ。

 季節は真冬。マルチェロは当然だと云った。

 「電気系の暖房器具しかないからな、うちは」

 「うう…遭難する、遭難しちまう」

 がたがたがた。

 「大袈裟な奴だな」

 マルチェロは溜息。そうして懐中電灯片手に立ち上がった。

 「何処に行くんだよ?」

 「毛布を取って来るだけだ」

 そんなわけで二枚の毛布をふたりで重ね着、半分こ。

 ククールはマルチェロの腕の中に収まって、背中にはマルチェロの体温。

 その温もりにもたれ掛かりながらククール、

 「なあ、知ってる?停電の夜から十ヵ月後の出生率は上がるんだってさ。やらしいねえ、みんな」

 「お前は違うのか?」

 「うん。俺はこうしてるだけでしあわせ」

 大停電の夜にはそんな他愛ない話でじゃれ合う。




低俗なモラルに乾杯!



 深夜、真夜中、人通りのない暗い夜道に車を路駐。

 「まあいいんだけどさあ」

 ククールは助手席でぼやいた。

 覆い被さってくるのは運転席のマルチェロ。そのくちびるがククールの首筋に落ちる。

 「ん…」とそんな僅かな刺激にでもククールが身動いだときには、シートは倒されていた。

 ククールはまたぼやく。

 「やんなる」

 「なにがだ」

 マルチェロはククールの身体を服の上から弄りながら問うた。

 「アンタの手際が良すぎること」

 そこで息が乱れる。

 「手際が悪いほうがいいのか?」

 マルチェロがそう意地悪げに云うので、ククールは彼の手をとって服の下へと潜らせ、

 「アンタがけっこう遊んでるのが、やなの」

 気持ち良い胸の辺りに円を描かせた。

 「あ…ん」

 やばい、とククールは激しく交わすキスの合間に訴える。

 「つまみ食いのつもりが家までもちそうにねえ」

 その言葉にマルチェロはにやりと笑った。

 「無論、最初からそのつもりだ」




答えがノーであったとしても


 「なあ兄貴」と二人で夕食を取っていると、ククールが私の空いた皿を指差して云った。

 「おかわり、いる?」

 「指を差すな。行儀が悪い」

 そう注意するがククールは、「あーはいはい。で、おかわりいる?」と手を出す。

 私はもういいと答えた。しかしククールは勝手に私の空いた皿を取り上げ、肉じゃがを盛り付けようとする。

 「ククール、もう要らんと云っているのがわからんのか?」

 「わかってるわかってる」

 わかっている割には再び大盛りの肉じゃがの皿が私の前に現れる。

 別にまずいわけではない、だが、もう三杯目だ。

 「作りすぎちゃってさ」と弟は笑うが、なにをどう間違えれば肉じゃががこんなに出来るというのだ。

 仕方なく三杯目の肉じゃがに箸をつけていると、ククールは、あ、と付け足した。

 「明日、弁当作るから持っていってくれよな」

 肉じゃが以外のおかずは何か入っているのだろうか、私はそのような心配をした。




"オフェンス イズ ザ ベスト ディフェンス!!"


 明かりを落とした部屋で、

 「んっ、んっ、んっ、…あっ」

 兄の腹の上、ククールは腰を上下に揺らす。

 マルチェロはそんな弟の腰を片腕で支えながらも、左右に回してやった。

 「あっ、あっ、あっ、ダメ…」

 そうククールが情けない声で云うので、気分も高まる。

 このままベッドに組み伏せてやろうかと、上体を凭れ掛かっていたクッションから起こすが、

 しかしククールはそんな兄を制した。

 「だめ…俺、このままがいい」

 「何故だ。別に今夜は苛めてやるつもりなどないのだがな?」

 ククールの腰を撫でる。けれどククールはその誘いにも首を振った。

 「ダメ。アンタにさせるとガンガンやるから、俺余裕なくなるもん」

 今夜は俺がアンタをイかせてやりてえのとククールがマルチェロを刺激する。




星影ピロートーク


 マンションへの帰り道、ふたり道。

 「な?あの居酒屋の出し巻き卵、美味かっただろ?俺、あれ好きなんだ」

 ククールが口まで巻いたマフラーの下から云えば、マルチェロが頷く。

 「そうだな」

 だろう?とククール。

 「また一緒に行こうな」

 その誘いには黙ってスルー。ククールは苦笑、白い息が夜空に昇る。

 「にしてもさみぃなあ。お酒足らなかったかも」

 「あまり飲まれても困る。持って帰るのが面倒だ」

 「一応持って帰ってくれるんだ」

 「ククール。小学校の遠足のときに習わなかったか?」

 マルチェロが隣を歩くククールを見下ろす。何を?とククールは首を傾げた。

 マルチェロは口の端を上げる。

 「ゴミは持ち帰りましょう、と」

 ククールはがっくり。

 「はん、お兄様はマナーを心得ていらっしゃる!」

 「ああそうだ、ゴミで思い出したが」

 「あ、そういや明日ゴミの日だったよなあ。…しっかし、こうもっとロマンチな話できねえの?」

 せっかく近くの居酒屋で楽しく?飲んだ帰りだというのに、ゴミの話ってどうよこれ。

 そんなククールの訴えにマルチェロはふふんと笑った。

 「今がお気に召さないのなら、した後でも良いぞ?」

 「兄弟ってこういうときヤダ…」




走り書きのクエスチョンマーク


 私には理解不能な非理論的な言葉を怒鳴って残して、ククールは家を出て行った。それが数日前。

 またか、といい加減放浪癖でもあるのではないだろうか、あの弟に呆れる。

 そうして今夜、帰宅してみればテーブルの上には一枚のメモ。

 筆跡を見るまでもない、ここへ入れる者は私でなければククールしかいないのだから。

 取り上げて内容に視線を走らせる。大学の授業料振込みに関してだった。

 どうしても必要なことだけ書き残して行ったのだろう。

 だが、最後の一行。

 『俺、ここにいてもいいの?』

 あの弟のことだ、この一文を付け足すか迷いに迷って、付け足したに違いない。

 クエスチョンマークは斜めに上がっていた。

 「くだらん」

 私はそのメモを握り潰し、ついでに火をつけて燃やしてやった。

 ***

 翌日の夜、テーブルにはいつものようにレポートを広げたククールの姿があった。

 そして灰皿、昨日燃やしたメモの灰が残っている。

 弟は何も云わなかったが、傍を通りかかった私を見上げた。

 私はその頭を軽く掴んで、白紙のレポートにぐいと戻し、「名前くらい書け」と云ってやった。

 ククールは、はあいと間延びした返事を寄越す。




ランダムな彼


 月曜日は企業女戦士。働くレディ。ふたりでいる時間が休息時間と云う。

 火曜日はモデル美女。彼氏はとってもやさしくてとってもいい人だからつまらないと云う。

 水曜日は逆ナンおねーさん。顔がいいからおごっちゃうと云う。

 木曜日は友達からの紹介・はじめましてのお嬢さん。どうしてもお話したかったのと云う。

 金曜日は溜まり場クラブの女友達。ククールがいなきゃもう来ないと云う。

 そして土曜日は、

 「あー暇。退屈。退屈。暇。暇。暇。何かすることねえのかよ」

 ならば溜まっている読書レポートの本を読んだらどうだと兄が云う。

 日曜日も上に同じ。退屈ならば外へでも遊びに行けと兄が云う。

 「毎日行ってるから、たまにはうちの中で遊びたいんだよ。俺の云ってる意味、わかる?」

 ククールは「あーあー退屈!」と兄の背にもたれ掛かって、ぶーたれた。




性に合わないスタンダード


 そのまだ熟れる前のくちびるを舌でなぞり、マルチェロは弟にくちびるを開くように伝える。

 ククールはすぐにそれに応じてくちびるを薄く開き、兄を待つ。

 やがてマルチェロの舌はククールの舌を絡め取り、

 手はゆるゆると痩せているわけではないが男性にしては少し細い腰を撫で、

 ククールが酸素を求めてくちびるをずらした瞬間に、彼を寝台へと縫いとめた。

 「あ…あにき」と少々混乱したような青い眸は逆効果。

 マルチェロの手は緩まることなく、ククールの身体を弄りはじめる。

 その僅かな刺激にも「あ…」と濡れた声を漏らし始めるくちびるにもう一度接吻けを。

 そうして徐々に開いてゆくシャツの釦の隙間から見える白い肌にくちびるを吸い付かせれば、

 「や…」とその身を嫌ではないのに捩る姿がマルチェロの笑みを誘う。だが、

 「あっ、あにき、だいじょうぶか!?」

 突然ククールががばりと身体を起こした。

 「…なんのことだ」

 マルチェロは楽しみを邪魔された不快感を眉間に表しながら云う。

 ククールは眸に涙まで溜めて訴えた。

 「だっておかしい。あにき、へんだぜ!?」

 「おかしい、だと?」

 マルチェロが問えば、ククールはうんうんと頷く。

 「あにきはこんな普通にはじめたりしねえ。いつもいきなりあそこ触ってくるのに、へんだ!」

 もう二度とやさしく抱いてやらん、マルチェロがそう心に決めた夜だった。




必要不可欠なトラブル


 「あっちぃ!な、ちくししょー」

 華麗なる脊髄反射。ククールはぐっぐっと煮える熱い鍋から手を離して、ぶつぶつ。

 そこへ「いったい何の騒ぎだ」と呆れた風のマルチェロがやって来る。

 片手には夕刊。きっとそれを取りに行った帰りなのだろう、でないとわざわざ来てはくれない。そんな兄。

 「いや、横着してそのまま鍋持とうとしたら熱かっただけ」

 ククールは布巾布巾と辺りを見回す。

 目当てのものはすぐに発見。それを取ろうとした手は、しかしマルチェロに捉えられた。

 「先に冷やせ」

 そう云った兄はククールに夕刊を渡し、布巾を取った。鍋を運んでくれる。

 「あん、兄貴大好き」

 思わずその背にぺっとりくっつく。

 すると「冷やせと云っているのがわからんのか」とちょっとだけ怒られた。




アンダーラインに惑わされるな


 「なあなあ、兄貴」

 妙な猫なで声とともに、本当に猫のようにククールが擦り寄ってくるので、

 マルチェロは読んでいた新聞の頁を捲る振りをして、弟を遠ざけた。

 「ひどい」

 「なにが酷いものか。どうせろくなことではないのだろう」

 そう云うと、ククールはまたもや擦り寄り擦り寄り。

 「勉強のことだって。いいことだろ?ちょっとは話聴いてもいいなって思っただろ?」

 バサバサと音を立てて広げている新聞を乗り越えてこようとするから、たまらない。

 仕方なく云ってみろと視線を向けた先のククールが云ったことには、

 「なあアンタなら、どういうとこ、試験に出す?」

 教科書をずいと差し出す。

 この教科のセンセ、アンタみたいにすげえイヤミでさあ、同類の匂いがするんだよな、とか。

 イヤミっぷりがアンタに似てるから授業とっちまった、とか。

  授業中のイヤミにうっとりする、とか。

 やはりろくなことではなかったとマルチェロはじゃれついてくるククールを新聞から払い退けた。

 「ひどい」

 再びククールが呟く。マルチェロは鼻で笑ってやった。

 「他の男に現を抜かすような奴に教えてやるほど私は心が広くないようでね」

 すると「俺は兄貴一筋じゃないけど一筋だって!」とククールがまた擦り寄ってきたので、

 それは美味しく頂くことにした。

 「俺、試験勉強しねえとダメなのに!」

 云いながらもキス。




離ればなれのバケーション


 日曜日の夕方、駅を出て自宅マンションへの帰り道をマルチェロが歩いていると、

 右肩に提げた旅行鞄にどすんとドラムバッグを当てられた。

 振り向けばククール。「おかえりー、兄貴」と云う。

 マルチェロが再び歩みを進めると、ククールもそれに並んだ。

 「出張お疲れ。お土産はー?」

 「そんなものはない」

 「けち。…俺も買ってないけどさ」

 マルチェロは週末出張、ククールは週末ゼミ旅行。偶然にも帰りは同じ電車だったらしい。

 「家で飯作るの面倒だからさ、どっかで夕飯食って行こうぜ」とククール。

 確かに今からわざわざ夕飯を作り、片付けなどは面倒だ。

 そう思案した結果、マルチェロはそうだなと頷いた。するとククールがするりと腕を絡めてくる。

 「じゃ、俺、うどんがいい」

 腕とうどんの繋がりは理解不能。マルチェロは迷惑そうに弟を見下ろす。

 「おい」

 それをどう判断したのか、「昨日…てか今日の明け方まで飲み過ぎちゃって、うどん食べたい」と云う。

 今度はうどんと飲みすぎの繋がりが理解不能。

 人通りもないことだし、こちらも疲れている、マルチェロがやれやれと腕の件を諦めた頃、

 ごろごろと更に擦り寄ってきたククールは、

 「誰もいないんだからいいだろ。土日分、補充させて」

 確信犯めとマルチェロは溜息をついた。




花もほろ酔いウイスキー



 週末土曜日、兄貴と酒をだらだらと飲み続けたことまでは覚えている。

 で、目覚めて日曜日昼下がり。どうして俺は素っ裸で兄貴のベッドでぶっ倒れていたのだろう。

 いや、もうそのへんは問題ない。どうせたぶん、いや絶対またヤったんだ。

 犯人は隣で就寝中。こんな時間まで起きないってことはさぞかし昨日は激しかったんだろう。

 俺はとりあえず二日酔いなのかアレのせいなのか重い体をずるずると起こして、確認。

 「ひでえ…」

 身体のあちこちにはキスマークが散らしてあるし、いやこれはいいんだけどよ。

 なんか女よりも白くて肌理細かい自慢の身体にはがびがびのむにゃむにゃが飛び散ってるし、

 髪の毛も手触り悪いし、挙句中に残したまんまじゃねえか!

 こんなに時間経っちゃって、取り難いだろうが、バカー、バカー、バカー!

 「どうして後始末してくれなかったんだよ」

 俺はまだ眠る兄貴を揺り起こして文句を垂れた。

 記憶ぶっ飛ぶほど酔わせて、意識なくなるほど好き勝手やっておいて、これはないだろ!

 すると漸くマルチェロは僅かに身じろいで、その気怠げな翠で俺を見上げた。

 「なんだ…朝から騒々しい」 

 「朝じゃなくてもう昼なんですけど」

 そう云ってから、俺は兄貴がまだ眠たげなことをいいことにガンガン文句を云ってやった。

 が、結局兄貴が一枚上手。「…わかった。私があとで洗ってやる」なんて云う。

 「ほんとだろうな!?」

 「ああ、本当だとも」

 だからもう少し寝かせろ、ってオィちょっと。




雪の降らないクリスマス


 「なんて云うか、雪の降らないクリスマスみたいなもん?」と云った後に、

 「チョコレートのないバレンタインとも云えるし」などとククール。

 更に続けて、「ケーキもプレゼントもない誕生日って云うかさ」

 まだまだ、「一回目のデートでいきなり盛り出す感じ…。

 いや、俺はそういうことはそういうこと了承済みの相手としかしないからいいんだ」

 しつこく、「ピロトークに成績のお説教も結構いい例えだと思う」

 そんなことをぶつぶつ云われて、マルチェロは「それで」と不機嫌に返した。

 間抜けなことにお互い裸でベッドの上。

 さあこれから、とでも云えるこの状況で、気まぐれな弟は兄に待ったをかけたのだ。

 「お前は何が云いたいのだ」

 「はあ!?だから云ってるだろ、雪の降らないクリスマスだって」

 そう云われてもククールの意図することはマルチェロには解からない。

 「もっと要領よく簡潔に物事を説明できないのかね、ククール」

 「じゃあ云うけどな!アンタいきなり触るなよな」

 そんなククールの訴えにマルチェロは首を傾げる。

 「触らねば、出来ないではないか」

 「そりゃ、そうだけど…。最初にキスとかさあ、あるだろ!」

 云われて納得。

 「接吻けて欲しかったのか」

 口許に笑みの兄。ひっかけられた、と後悔してももう遅い。




ユースホステルで待ち合わせ


 この上なく不機嫌な顔で現れたマルチェロは、植え込みの花壇の縁に腰を下ろしているククールに、

 彼の携帯電話と何かあったときには使うようにと与えているカードを投げた。

 ククールはそれを受け取って、携帯は上着のポケットに、カードはは空っぽの財布にしまう。

 そうしてのろのろと立ち上がった。もう一日半は飲み食いしていない。

 普段そんなことに慣れていない体はふらふらとはいかないのでも、力入らず。

 この数日間、何処で何をしていた、とマルチェロが近寄ってきた弟に問う。

 ククールは笑った。

 「放浪」

 携帯電話もカードも持たず、着の身着のまま財布だけ持って。

 使い果たした財布の中身、その最後のコイン一枚はユースホテル据え置きの公衆電話に入れてみた。

 「出て行くならば携帯電話とカードは持って行け。そのほうが私の手間も掛からん」

 マルチェロはククールが横に並ぶ前に歩き始める。ククールはその後を追う。

 「ごめん」

 でもそれはまったくの棒読み。

 マルチェロは振り向かず、言葉を代えた。

 「私を二度と試すな。もう迎えには来てやらんからな」

 ククールは今度こそ「ごめん」と謝った。




道はジグザグでも、まっすぐに歩くんだ!


 「ククール!」と兄がまるで子供を叱り付ける口調で云ったので、

 兄の先をふらふらと歩いていたククールは手近な店のショウウインドを覗き込みながら止まった。

 「お、兄貴。あれ、俺に似合うと思わねえ?」

 その先にはコート。

 「まあ俺が着れば、何でも似合っちまうんだけどよ」とまたふらふら次のお店へ。

 「あ、眼鏡屋だ。やっぱ一個くらい買っておこうかなあ、どれが似合う思う?」と云ってから、

 「ま、ほんとどれでも似合っちゃうのが俺なんだけど」なんて自己完結。

 そうして次はあっちだと、道路を横断しようとしたククールの腕をマルチェロは引っ張った。

 「お前は子供か。まっすぐ歩くこともできないのか?」

 「だって兄貴が何か買ってくれるって云うんだもん。どういう風の吹き回しか知らねえけど」  

 と、そこまで云ってから大通りでがばあっとわざとらしく抱きついてくるからたまらない。

 「もしかて、手切れ金代わりとかじゃねえよな!?」

 「そんなもので縁が切れるのなら、とっくに切っている」

 離れろと弟をぐいぐいマルチェロ。

 ククールはしばらく兄の感触を確かめてから離れた。

 「金では切れませんよー、兄弟だから」

 「そこが厄介だな」

 「厄介云うな。てことで、次はあっちのアクセ屋覗いていい?」

 「好きにしろ」

 「はいはいー。好きにさせて頂きます」と云って、再び道路を横断しようとし、ぐいっ。

 「…きちんと横断歩道を渡れ。車に引かれて死なれては葬式を出すのが面倒だ」

 「車に気をつけろ、って素直に云えばいいのに」

 ククールはでへへと兄に腕を絡めた。
 




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