Hades*Other



ゼーロスお誕生日計画



 ハーデスが目を覚ますと、エリシオンはいつの間にか春を迎えていた。

 「?」

 寝惚けた目で、壁に掛けておいた日めくりカレンダーを見やれば、2月24日。

 「ふぅむ…最近の冬は温かいものだなあ」

 と一人頷いていると、ハーデスが目覚めたことに気付いたのか、ヒュプノスがやって来た。

 「ハーデスさま、お目覚めですか?」

 「うむ」

 こくりと頷くハーデス。

 「しかしまたどうしてこのような時期に?」

 「何を云う。もうすぐフログのゼーロスの誕生日ではないか。

 祝いの準備をしようと思ってな、早起きをしたのだ。

 冥闘士たちの誕生日を祝うことが、我が冥界の福利厚生の一つということ、忘れたわけではあるまい?

 冥界は株主のものではない。お客様(亡者)と社員(冥闘士)のものなのだ

 「素晴らしいお考えです、ハーデスさま。

 しかし今日は4月10日、ゼーロスの誕生日はとっくの昔に過ぎました」

 ヒュプノスの淡々とした指摘に、ハーデスは眠たげな目を少しだけ見開いた。

 「なんだと?しかし日めくりカレンダーでは2月24日ではないか」

 「ハーデスさまが2月24日から眠って以来、誰もめくっていませんからね。

 そりゃあ2月24日でしょうとも」

 「…つまり、私は寝過ごしたということか」

 「はい、かなり

 ヒュプノスの言葉にがっくりハーデス。

 「大切な冥闘士の誕生日を寝過ごしてしまうなど、失態だ…」

 「まあまあハーデスさま、今からでも遅くはありません。

 フログのゼーロスのため、誕生日パーティを開いてみてはどうでしょう」

 「うむ。そうだな。よし、まずは誕生日パーティと云えばケーキだ。ヒュプノス、ケーキを作るぞ」

 張り切って寝台から脚を降ろそうとしたハーデスが、

 長期睡眠のせいか足の筋力衰えのために、べたりと床に転んだのは云うまでもない。




 ハーデスとヒュプノス、ケーキ作りに取り掛かり一分後。

 「しまった。私はケーキを作ったことがなかったぞ」

 エプロン姿のハーデスは特に困っていない様子で、困ったことを云い出した。

 ヒュプノスも「私もありません」ととりあえず揃えてみた調理器具一式を見つめて、

 別段困った様子もなく云う。

 「よし、ヒュプノス。タナトスを呼んで参れ」

 タナトスが来ても絶対役には立たないだろうと考えつつ、ヒュプノスはタナトスを呼びに行った。




 「神話の時代に生まれて以来、料理など作ったことがありません」

 案の定、タナトスは胸を張ってハーデスに進言した。

 「そうか。うーむ。どうすれば手作りケーキが作れると思う?」

 「やはりケーキ作りは女性が得意なのではないでしょうか」

 タナトスが云うと、ハーデスはぽんっと手を打った。

 「よし、ふたりで我が姉・パンドラをここへ連れて参れ」

 ハープで部下をお仕置きをするパンドラがお菓子作りをする女の子には到底思えない二人であったが、

 とにかく双子神はパンドラを迎えに、ジュデッカへと向かった。




 パンドラが焼いたケーキを一口食べて、ハーデスは「うむ」と大きく頷いた。

 「甘さ控えめのケーキなのだな」

 が、隣では双子神が大慌てて水を求めて、のた打ち回っていた。

 「これは甘さ控えめどころではありません!」

 「砂糖の代わりに塩を使ったな!?パンドラ!」

 タナトスの問いに、エプロン姿のパンドラは首を傾げる。

 「外見が似ていましたので」

 そう云うパンドラに更に詰め寄ろうとしたタナトスを止めたのは、ハーデスだった。

 「そう怒るな、タナトスよ。甘さ控えめで健康に良いと思えば良いのだ

 「塩分の過剰摂取のほうが即死ものですよ!」

 云われて、ハーデスはもぐもぐとケーキを食べながら呻く。

 「うーむ…なにか良い案はないか、パンドラ」

 「そういえば、冥闘士の中に如何にもお菓子作りが上手そうな者がおりました。呼んでまいりましょう」

 パンドラはいそいそとジュデッカへと戻っていった。



 そしてエリシオンに連れて来られたのはバレンタイン。

 ハーデスと双子神は「おお!」と歓声でその人を迎えた。

 「いかにも菓子作りが上手そうだ…!」

 「なにせバレンタインだからな!」

 「ふふふ、チョコレートケーキが得意と見た!」

 焦ったのはバレンタイン。

 「ちょっとお待ちください!

 バレンタインデーとひっかけて、私がお菓子作りが得意と思っていらっしゃるようですが、

 バレンタインとは聖バレンタインという聖人の名からとったもので」

 と一生懸命誤解を解こうとするバレンタインであったが、

 ハーデスの「で、ケーキは焼けるのか、焼けないのか」という問いに、

 「焼けます…」

 渋々とゼーロスの誕生日会用のケーキ作りを始めた。




 「どうして私がラダマンティスの部下の誕生日プレゼントを買いに

 わざわざ地上に来なければならないのですか」

 ぷちぷち文句はミーノス。

 太陽光線に貧血気味のミーノスは紫外線カットのサングラスを指で押上げる。

 そんなミーノスの後ろを百貨店の袋を下げたルネが歩く。

 因みに中身はミーノスが適当に選んだ洗剤セット。適当さがにじみ出た一品だ。

 一応買うときにルネが「それはどうでしょう…」と軽く進言してみたのだが、

 「お中元・お歳暮で何が一番喜ばれると思いますか?

 日用品に決まってるではありませんか。洗剤、我ながらナイスチョイスです

 ミーノスがご満悦なのでルネはそれ以上は何も云わなかった。

 「それにしても、あああ…地上はなんと騒がしいのでしょう…」

 ルネは大きく溜息を吐いた。

 その言葉を待ってましたとばかりにミーノス、

 「よし、ルネ。お茶にしましょう」

 「それは良いですね、ミーノスさま。

 しかし先ほどから五十メートルおきに喫茶店で一時間ずつ休んでいるような…

 「大丈夫ですよ。なにせプレゼントは五分で買ったのですから。

 休憩する時間はたっぷりあります」

 そんなわけで二人は喫茶店でいちごパフェをオーダーした。




 一方冥界ではアイアコスがジュデッカの飾り付けに追われていた。

 「くそっ。俺も地上への買出しグループが良かった…!

 そんなことを呟きながらも、

 せっせせっせと折り紙でリングを作ってゆくアイアコスの作業っぷりは見事なもの。

 そんなアイアコスを呼ぶ声が、お誕生日会の会場から聞こえてきた。

 「アイアコスさまー!ちょっと来てください」

 というラダマンティス直属の部下たちの声に、そちらへ行ってみれば、

 彼らは「ゼーロスお誕生日会」という看板を抱えて途方にくれていた。

 「む。どうしたお前たち」

 「それが、この看板を天井に付けたいのですが届かなくて」

 とキューブ。

 アイアコスは看板と天井を交互に見やった。確かに、ジュデッカの天井は高い。しかし、

 「任せておけ!」

 アイアコスは爽やかに歯を煌かせ、ぐっと親指を立てた。そして、

 「ギャラクティカ・イルージョン!」

 必殺技でキューブもろとも看板を天井に飾ったのであった。




 そのように着々とゼーロス誕生日会の準備が整う中、ラダマンティスは怒っていた。

 「どうして誰もおらんのだ!!」

 同僚ふたりがいないことはいつものこととして、

 ラダマンティスの忠実なる部下・バレンタインをはじめとした冥闘士たち、更にはパンドラまでいない。

 仕事をしようにも人手がラダマンティス一人しかおらず、

 一人奮闘していても結局稟議書を承認するパンドラが不在なので、

 仕事も亡者もストレスも溜まる一方である。

 たくさんの亡者たちにひっつかれながらも、

 「お前は生前万引きをしたから、血の池地獄だ、わかったな!?

 道はここを真っ直ぐ行って、大きな岩が見えたら左だ。

 なに?日本語がわからないだと!?聖闘士星矢界で日本語は最早常識だろう!

 …仕方あるまい、連れて行ってやるから、泣くな

 親切な道案内を忘れないラダマンティス。

 ついでにカロンも不在なので、代わりに亡者を乗せて舟を漕ぐ。

 「ぬう。いったいみんな何処へ行ったのだ。

 まさか俺の知らぬ間に集団ストライキが発生していたのか?

 ぎぃこぎぃこと舟は三途の川を進む、進む。

 実はハーデスの

 「ラダマンティスは仕事を真面目にしているので、邪魔をしては悪い。

 誕生日会の準備はラダマンティス以外の皆でしよう

 という無駄な親切心のおかげで、

 結局冥界業務全てがラダマンティスの肩に掛かる事態になっているのである。

 そんなこととは知らぬラダマンティス。

 三途の川の舟漕ぎを追え、無事亡者たちをそれぞれの地獄に送り込んだ後は、

 執務室でガリガリと裁判記録を書いて書いて書きまくる。

 しかし泣いても笑っても一人。

 限界は訪れた。

 「くそっ。誰か、誰でもいいから、おらんのかー!」

 と発狂しそうになりながらも、「木戸光政 罪状 女たらし」とペンを走らせる。

 そこへ、ぺったん…ぺったん…ねちょ、ねちょ、ねちょ…。

 奴が来る!!

 ラダマンティスは戦慄した。

 そして、ふぃ〜と耳に吐息、背中にしめしめ感触。

 ぺたし、と肩に手を置かれた瞬間には、ゾクゾクゾク!

 ラダマンティスは全力で背中に張り付いてきたモノを振り払った。

 「なっ、なにをする、ゼーロス!離れろ!くっつきすぎだ!

 そんな慌て顔のラダマンティスにゼーロスはにんまり。

 「おやおや、せっかく来て差し上げたのに、そのようなつれない態度

 「つれないってなんだ!誤解を生むような表現はやめてもらおうか!

 照れちゃって。イーヒッヒッヒッヒッヒッ!」

 思わず眩暈を起こすラダマンティス。

 過呼吸を繰り返した後に、話題を逸らすことにした。

 「…他のものはどうした?どうして今日は誰もおらんのだ」

 「さあて…今日は朝から誰も見かけませんね。

 冥界でラダマンティスさまとふたりっきり…イーッヒッヒッヒッヒッ!

 「違う!亡者たちがうようよいるので、ふたりっきりではない!

 照れちゃって。イヒヒ」

 ぐらり。

 ラダマンティスは執務机に突っ伏した。

 それでも手だけは「ミスティ 罪状 美しさ」と記す。

 「くそ…どうしてよりにもよってゼーロスしかおらんのだ…」

 それはゼーロスお誕生日会計画がふたりの知らないところで動いているからである。

 ラダマンティスは気を取り直して、背筋を伸ばした。

 傍らに控えるゼーロスに云う。

 「仕方ない…ゼーロス…仕方がなさ過ぎるが…、今日一日、一日だけ、俺の手伝いをしろ」

 ゼーロスはぺっとりとラダマンティスの肩にもたれかかった。

 「おまかせください」

 「だからくっつくな!湿ってる!なんか湿ってるぞ、お前!

 「ふたりっきりですね、ラダマンティスさま」

 「ああああああ!」

 頭を抱えるラダマンティス。

 うっとりゼーロス。

 もしかしたらゼーロスへの一番のプレゼントは、

 ラダマンティスとふたりっきりで過ごす、そんな時間だったのかもしれない。

 ラダマンティスには迷惑この上ない話だが。





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