2019.12.31
一年の暮れも暮れ、イタチが晦日蕎麦を打とうかと思い立ったのは、ほんの気まぐれと、母が留守にする台所で遅い昼飯に出来るものは何かないかと物色していたところ、棚の奥に蕎麦粉を見付けたからだった。
長寿祈願や悪縁を断ち切るなど様々謂れはあるが、ともかく昔からの習わしで年の瀬は何とはなしに蕎麦を食べたくなる。
大晦日の今日、父は明日からの一族の慶事や警務の雑務で忙しく、母も買い出しで家を空けている。
慌ただしく出掛ける母に荷物持ちに付いて行こうかと申し出はしたけれど、それはやんわりと断られた。
裏を返せば、部屋を片付けなさい、母は言下にそう言っているのだと察した。
散らかしているわけではないが、巻物や書の類いは書架や蔵に戻すのが億劫で、部屋の片隅で埃を被り重ねたままのものもある。
どうもあれらが母の目に留まったようだ。
それにもう一人、日々を任務に費やす弟のサスケもまた同じく母にお小言を食らい、朝から掃除に追われている。
ただ要領よく目に付く程度のところを目に付かないようにざっと整え、早々に掃除を切り上げた兄とは違い、サスケはこの一年でつい積み上げてしまった身の回りのものを一つずつ片しているらしい。イタチが台所に立ってもまだ二階からは何やら片付けの物音が聞こえてくる。
そのサスケもそろそろを小腹を空かせる頃だろう。
蕎麦粉と小麦粉、あとはあれこれとさほど馴染みのない台所で道具を探す。ねり鉢代わりのボウルや計量カップ、それから少々難儀して年季の入った針の秤を見付けた。
それらを引っ張り出していると、両腕に巻物を抱えたサスケが階下に降りてきた。どうやら溜め込むものは兄弟揃って似通っているらしい。
サスケは滅多になく兄が炊事場に立つ姿を認め、台所の戸口の辺りで足を止めた。訝しげに首を傾げる。
「何をしているんだ、兄さん」
「昼飯に蕎麦を打つ」
兄の端的ないらえにサスケはしばし言葉を忘れて固まった。数拍の間をたっぷりと置く。
「…本気か、アンタ」
「ああ」
「掃除は」
「終わった。程ほどにな」
どうせ三日も暮らしていればまた元の通りに戻るのだ。根を詰めてすることでもあるまいとイタチは思う。
「それよりサスケ。お前、蕎麦を打ったことは?」
「あるわけないだろう」
「打ってみるか?」
蛇口を捻り、冬のきんと冷えた水で手を洗う。
他方、廊下のサスケは真っ平御免だとばかり首を横に振った。
「いや、いい。それにおれにはまだ片付けが残っている」
「そうか」
けれど、そう言って顔を引っ込めた割にサスケはその後も大小の荷を手に、度々台所の前をうろちょろとした。
十数年前、イタチがアカデミーの冬休みの宿題を終えるのを部屋の前で今か今かと待っていた頃のようでなんとも懐かしい。
あの時分は「先に一緒に遊ぼうか」とイタチが襖を開けたならサスケは跳ね兎のように飛び付いてきたけれど、果たして十六になった今はどうだろう。
蕎麦粉と小麦粉を古い秤で計る。
二八蕎麦にしようかと思ったが、過信はしないことにした。三七くらいがちょうどいい塩梅だろう。
それぞれの粉を篩に掛け、ボウルの内で合わせる。
その折、これで何度目になるか、段ボール箱を抱えたサスケが台所の戸の前を通り掛かった。
今度はイタチからサスケに声を掛ける。
「サスケ」
呼ぶと、サスケはこちらにちらりと視線を寄越した。
「なんだよ」
「お前、随分と蕎麦が気に掛かっているようだな」
「…別に。おれは腹が減っているだけで」
「そうか。それならお前も手伝え」
おそらくさっきはイタチの誘い文句がよくなかったに違いない。
とどめにちょいちょいと指で招き、弟に傍へ来るよう促す。
するとサスケはむっと口をへの字にした後、いかにも已む無しといった様子で荷を脇へと下ろした。
「仕方ねーな」
と舌打ちをするが、所詮格好だけだとも兄のイタチには分かっている。
「それで、おれは何をすればいいんだ。言っておくが、おれは蕎麦打ちなんてやったことがないからな」
「知っている。さっきお前が自分で言っただろう。お前の役目はこれだ、サスケ」
兄に倣い腕捲りをして手を洗ったサスケに蕎麦粉と小麦粉を合わせたボウルを手渡す。
「これをどうするんだ」
「指先で混ぜておけ。少ししたら水回しをする」
「水回し?」
「水を入れて捏ねることだ」
「ああ…」
空気が抜けるような相槌を打ち、サスケは「はじめからそう言えよ」と悪態を吐いた。
が、年相応に素直でない物言いの一方で、片付けも蕎麦粉を混ぜる手つきも生真面目そのものだ。
サスケの端々には年を経ても変わらない彼の一本気な心根が現れている。
イタチはそれをとても好ましいと思うのだ。
「サスケ。あとでお前の部屋の片付けも手伝ってやるよ」
「…要らねえ。自分でする」
「遠慮するな」
「遠慮とかじゃない」
「なんだ、お前。いやに頑なだな。兄貴のおれに見られて困るものでも隠しているのか?」
「莫迦を言うな。そんなものはない」
「さて、どうだか。怪しいものだ」
と知らん振りはしてやるが、サスケの部屋のベッドの下には、かつて幼いサスケと一緒に留守を守った怪獣のぬいぐるみが今も捨てられず大切に仕舞われていて、もう幾年も弟と一緒に年を越していることくらい、なんといってもイタチはサスケの兄なのだから、ちゃあんと知っている。
2019.12.31
新年の前はちょっとだけえどてん、ぶらもりです。
良いお年をお迎えください。
江美(絵)→式(文)リレー合作